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2004年9月28日 (火)

一冊の聖書+9月26日付+

 去る十九日の礼拝で一冊の聖書について語った。それは、ホーリネス教会への国家の弾圧に先立って、函館で憲兵隊に逮捕されて殺された青年牧師、小山宗祐師の唯一の遺品である。函館の坂本幸四郎という作家が苦心して小山師の遺族を捜し当て、京都の実兄の夫人からその聖書を預かったといういきさつが坂本氏の本に書かれてあり、その後小山氏の母教会である大阪西野田教会へ寄贈されたものである。(坂本幸四郎著「涙の谷を過ぎるとも」参照)
ところが、礼拝後にS兄から「あの聖書は、Y先生から私が預かって、大阪西野田教会へ送ったのです」とのお話しがあって驚いた。Y師は元検事で、宮城学院の院長もされた方で、二三日に当教会で開かれる朝祷会東北ブロック大会に出席されるという。お会いするのを楽しみに待った。予定どおり、奥様と共にお見えになったY師は、八十八歳でまだかくしゃくとしておられる。お昼に小山師の聖書について伺うと、「私は小山師の事件については知らないが、熊本の検事であったときに、一冊の聖書が焼却処分になるところを保管して、それがホーリネス弾圧に関係するものであることが判ったので、S兄にお渡ししたのです」とのことであった。
小山師の聖書がどうして熊本に送られたのか。その夜、私は大阪西野田教会のN先生に電話をしてみた。先生は、S兄からその聖書を送られたことはご記憶でなく、Tさんという小山先生の関係者から贈られたと言われた。私が、S兄やY師のことを話したら驚かれて、今度、Tさんにもう一度確認してみるとのことであった。ご子息のS師は、関西学院の卒論に小山宗祐師のことも書かれた由だから、S師からも事情を聞かねばならないと思っている。一冊の聖書が巻き起こした波紋が広がっている。小山宗祐という青年牧師の殉教にも関わることだから、疎かにはできない。

2004年9月18日 (土)

100周年を目指して ++9月19日付け++

 仙台青葉荘教会の伝道開始は1909年9月、仙台福音伝道館の開設に遡る。五年後には記念すべき100周年を迎える。ホーリネス教会で一番古い淀橋教会が今年100周年を迎え、10月には盛大に記念集会を開くというご案内をいただいた。私たちも、100周年に向けて準備を進めていかねばならない。
 すでに「創立100周年・復興64周年記念準備委員会」(M兄ら九名)があるから話し合いがなされたと思うが、私の考えも述べることをお許し願いたい。
 まず私たちの教会は、5年後、10年後、或いは20年後にはどのような教会になることを目指していくのか、その目標を持つことが大事ではなかろうか。皆の祈りと知恵が結集されて、一つの青写真ができあがることを祈りたい。私は、前任の教会に遣わされたとき、目標が定まらなくて苦しんだ。何か目標を決めようと思って試行錯誤し、赴任して4年目にようやく「西川口オアシスプラン」なるものを作って、会員の皆さんに配布した。それは自分なりの教会形成の青写真であったが、教会の皆さんに充分浸透せず、やがては忘れられたと思う。それでも、ヤング伝道とか、50周年記念誌発行とか、いくつか実現に至ったものもあったが、机上のプランに終わったものも多かった。それは、牧師がひとりで作ったプランであったことが根本的に間違っていたと思う。仮に、牧師に示されたプランであっても、それが教会全体のプランにならないと実現に至るのは難しい。そのためには、もっと時間をかけて取り組むべきであったと反省している。
 100周年まで後5年である。まず、5年後の目標を定めよう。そして祈りをもって取り組む内に、将来へのビジョンが見えてくるのではなかろうか。
 有名な祈り、「神よ、変えることができないことは、それを受け入れる冷静さを、変えることができることは変える勇気を、そして両者を識別する知恵を与えて下さい」と祈ろう。 

2004年9月10日 (金)

人生百二十年++9月12日付++ 

 きょうは敬老祝福礼拝、敬老会です。さて、人間は、一体いくつまで生きることができるものでしょうか。日本は世界最高の長寿国になりましたが、世界の最長老は、大体百十五歳くらいでしょう。
 聖書を見ますと、「こうして、人の一生は百二十年になった。」(創世記6:3)とあります。出エジプトの指導者モーセは、ちょうど百二十歳まで生きました。しかも、その時まで、「目はかすまず、活力も失せてはいなかった」(申命記34:7)とありますから大したものです。
 九十歳を超えて現役医者を続ける日野原重明先生は、「人生百年 私の工夫」その他、多くの著書がありますが、六十歳を超えてからが人生の本番だと頼もしいことを言っています。つまり、定年退職をしてから、いよいよ自分のライフワークを持って、本当に生き甲斐のある人生を生きよとの勧めです。論語では「五十にして天命を知る」とありますが、人生百年の今日では、「八十にして天命を知る」ことを目指していけばよいというのです。
モーセの一生は、まさに「八十にして天命を知る」一生でした。四十までエジプトの王宮に育ち、その後ミディアンの荒野に逃げて羊飼いになり、八十になったときにイスラエルの民をエジプトから解放するべく神によって指導者として立てられたのです。八十までは準備の期間だったのです。「新しいことを創められる人は、いくつになっても老いることはない」と日野原先生は言っておられますが、モーセが羊飼いの生活を続けていたら、もっと早く老い衰えていたことでしょう。
神さまは、時々、私たちに重すぎると見える務めを与えられることがあります。それをイエスと受けるかノーと断るか、そこで私たちの信仰が問われるのではないでしょうか。
「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、『内なる人』は日々新たにされていきます」(コリント第二 4:16)アーメンです。

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