一冊の聖書+9月26日付+
去る十九日の礼拝で一冊の聖書について語った。それは、ホーリネス教会への国家の弾圧に先立って、函館で憲兵隊に逮捕されて殺された青年牧師、小山宗祐師の唯一の遺品である。函館の坂本幸四郎という作家が苦心して小山師の遺族を捜し当て、京都の実兄の夫人からその聖書を預かったといういきさつが坂本氏の本に書かれてあり、その後小山氏の母教会である大阪西野田教会へ寄贈されたものである。(坂本幸四郎著「涙の谷を過ぎるとも」参照)
ところが、礼拝後にS兄から「あの聖書は、Y先生から私が預かって、大阪西野田教会へ送ったのです」とのお話しがあって驚いた。Y師は元検事で、宮城学院の院長もされた方で、二三日に当教会で開かれる朝祷会東北ブロック大会に出席されるという。お会いするのを楽しみに待った。予定どおり、奥様と共にお見えになったY師は、八十八歳でまだかくしゃくとしておられる。お昼に小山師の聖書について伺うと、「私は小山師の事件については知らないが、熊本の検事であったときに、一冊の聖書が焼却処分になるところを保管して、それがホーリネス弾圧に関係するものであることが判ったので、S兄にお渡ししたのです」とのことであった。
小山師の聖書がどうして熊本に送られたのか。その夜、私は大阪西野田教会のN先生に電話をしてみた。先生は、S兄からその聖書を送られたことはご記憶でなく、Tさんという小山先生の関係者から贈られたと言われた。私が、S兄やY師のことを話したら驚かれて、今度、Tさんにもう一度確認してみるとのことであった。ご子息のS師は、関西学院の卒論に小山宗祐師のことも書かれた由だから、S師からも事情を聞かねばならないと思っている。一冊の聖書が巻き起こした波紋が広がっている。小山宗祐という青年牧師の殉教にも関わることだから、疎かにはできない。

最近のコメント