復活の主と共に+3月27日付+
きょうはイースター、そして、年度の締めくくりの主日である。私たちは昨年のイースター(4月11日)からこの教会でご用を始めて、イースターで年度を終わるのもひとしお感慨深い。
イースターは新しい出発である。主イエスを十字架につけた人々は、これでイエスに勝ったと思った。十字架刑は最も重い死刑であり、イエスの名声もメシアとしての期待もこれで吹っ飛んだと思った。イエスとその弟子たちの側から見れば、彼らの「神の国運動」は完全に挫折したかに見えた。しかし、事実はそうではなく、そこから始まったのだ。主の復活は、弟子たちにとって起死回生の出来事だった。弟子たちを代表するペトロは、「神はこのイエスを死の苦しみから解放して復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです」(使徒言行録2章)と力強く証しした。
この教会から献身されて先年天に召された小田島嘉久師は「敗者復活の恵み」という説教の中で印象深い証しをしておられる。師が第二高等学校在学中に健康を損ねて勉学も思うように進まず悩んでいた。その頃、土井晩翠の書生となって、お嬢さん(照子さん)の病と死を身近に体験した。初めてキリスト教に接し、深く感銘を受けたのだ。彼も熱心に求道し、ついにキリストの十字架と復活の恵みに与ることが出来た。それはご自身にとって敗者復活の恵みであったと言う。
イエス・キリストの生涯が十字架の死で終わっていたら福音にはなり得なかったであろう。
「死は勝利にのみ込まれた。
死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
(コリント第1 15章)
私たちは、自らの挫折や敗北を乗り越えて、復活の主の勝利に与り、生ける主と共に新年度も力強く前進して行きたいと願っている。

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