三浦光世さん、綾子さん
三浦光世さんの講演会を聴きに行った。「妻三浦綾子と生きた40年」という題だった。三浦光世さんにお会いしたのは25年ほど前で、旭川のご自宅に三浦綾子さんをお訪ねしたときだった。その時、光世さんは風邪で休んでおられたのに、丹前を着て起きてこられて、綾子さんと共にしばし私たちのために時間を割いて下さり、お別れする前に、懇ろなお祈りをして下さったことが忘れられない。四半世紀振りに再会して、81歳になられたとのことだが、お顔は以前とさほど変わらず、1時間半の講演を疲れも見せず立派にこなされた。以前にもテープで綾子さんとのことをお聴きしたことがあるが、直接伺っていっそう感銘深かった。
「氷点」からはじめて、「道ありき」や「塩狩峠」、「泥流地帯」、「母」、そして最後の長編となった「銃口」まで、かいつまんで本の主題と、それを書くに至った動機やいきさつなどをお話しされた。たんたんと語られる中に、お人柄が滲み出て、温かい気持ちを与えられた。講演会が終わって会場から出てくる皆さんのお顔が和やかだったのは、講演とは無関係ではなかったろう。心を和やかに、また、豊かにするお話しは、真に貴重なものである。
三浦綾子さんの著作94冊の中に、ミリオンセラーが8冊あるという。また、綾子さんの本を読んで自殺を思いとどまった人が何人もあり、教会に導かれた人はおびただしい数にのぼる。私たちの身近にも何人もいる。ある人々は、それを「護教的」として文学的に低く評価するが、綾子さんはそんなことには全く無頓着に、「伝道」を使命として書き続けられた。「病気の問屋」と言われるほどに次々に重い病に苦しみながら、しかし、それがあったが故に本を書き続けることができると感謝された。講演の随所で、綾子さんの物事の受け止め方、人を見る温かい視点などが紹介されたが、私たちにも多くのことを示唆していると思った。神によく用いられたご夫妻の故に感謝の念は尽きない。

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