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2005年11月30日 (水)

「 説 教 演 習 」

 東京聖書学校も2学期が間もなく終わろうとしています。私の担当は「ウェスレー神学」と下級生の「神学通論」、そして今春から「説教演習」が加わりました。これは説教学と共に、その実践部門として原登先生が担当して来られたのですが、先生も加齢と共に耳が聞こえにくくなって、私にお鉢が回ってきたのです。果たして出来るだろうかと思いつつ始めて見ると、これがまた面白いのです。
 毎回一人ずつ説教者が決まっていて、チャペルにおいて、礼拝で説教するように説教します。このために特に準備するのではなく、毎週日曜はそれぞれが首都圏の各教会に派遣されて奉仕していますから、そこですでに行った説教を、もう一度再演するのです。説教を「再演する」というのもおかしいですが、実際、そういう印象を受けます。例えば、午後の時間なのに「お早うございます」などと、朝の礼拝と同じように始めるからです。
 説教が終わると、聞いていた学生達全員が、ひと言感想や批評を述べますが、さすがに神学生と感心します。漫然と説教を聞かず、自分ならどう語るだろうかと絶えず自問しながら聞いています。そして、なかなか的確かつ辛辣な批評をします。面白いと思うのは、他人の説教を批評する時は的確に急所をついてくる人も、自分が説教する段になると、左程でもないなあと思うことが多いことです。頭では分かっていても、いざ実践となると、思った通りにはいかないということでしょう。説教も訓練を要するのです。場数を踏むことも必要です。有名な英国の説教者スポルジョンは「説教者を作るのに20年かかる」と言いましたが、中島代作先生は「20年たったから説教が出来るとは言えない」と言われました。
牧師の説教の苦労が一番分かるのは神学生であり、次は教会学校の教師達ではないでしょうか。ルターは「説教に苦労せよ」と言いました。説教に苦労する中で、説教者、牧者が作られるということかもしれません。学生達のためにも祈って下さい。  (牧)

2005年11月23日 (水)

礼拝賛美について

 去る壮年会の例会で「教会が強くなるために」という故辻宣道牧師の本から短文数編をN兄が選んでくださり紹介された。これらの短文は、辻牧師が毎週の週報に書き続けられたもので、以前にも目にしたことがあったが、今回、同師の若い頃の文章の力強さに改めて瞠目した。ここに、礼拝賛美についての一文を紹介する。
「讃美歌は喨々と」(「りょうりょうと」は楽器の音が晴れやかに鳴り渡ること)
 私たちの教会は、大きな声で讃美歌を歌う教会です。それが特徴の一つです。大きな声で「アーメン」と言います。この力強い表現こそ信仰の実体であります。私たちは生き生きしていなければなりません。背を丸めしょぼしょぼしていると、精神が腐っていきます。信仰の衰えは人間のすべてから精彩を失わせます。・・・信仰者は神を仰いで大道を闊歩します。そして教会に来て朗々と歌います。虚勢や卑屈がないから自然にできます。
 讃美歌が楽しく歌えなくなったらあなたはあぶない。アーメンを力強く言えなくなったとき、あなたの信仰は停滞中と思ってよい。大きな声で歌いましょう。生まれつき声が悪いと思ってはなりません。信仰の正しい姿勢こそ声を出させるのです。
 信仰の姿勢は身体の姿勢とも関連します。讃美歌を正しく歌いたければ、まず姿勢を正しましょう。あごをひいて口を思い切りあける。それだけでいいのです。声楽家はどんな駆け出しでも姿勢がシャンとしています。猫背の歌い手など見たことがありません。彼らは一様に大きな口を開けて歌います。私たちも神にささげる歌を天真爛漫に歌おうではありませんか。」(この後、大きな声で歌うことは健康にもよいということが続く。)
 讃美歌、聖歌を力一杯歌うだけで、礼拝で恵まれるとは本当である。私たちももっと大きな声で力一杯賛美をささげたい。それを私たちの教会の特徴の一つにしたいというのが私の願いである。 (牧)

2005年11月18日 (金)

礼拝について

 先週はホ群の信徒教職セミナーが開かれた。主題は「礼拝」で、去る教区の教師研修会と期せずして一致したが、内容は異なるものだった。
 教区のそれは外部から講師を招いて、礼拝を原理的に問い直し、特に、講師の関心の深い礼典的な学びが主であった。
 ホ群のセミナーは、我々の仲間内で発題者を二人立てて、実践的な学びが中心であった。特に、発題を受けて2回の分団での話し合いがなされたが、例えば我々の分団では礼拝賛美のことや、祈りのこと、また、子どもたちと共に捧げる礼拝のことなど、意見を交換して有意義であった。
 礼拝賛美について記せば、従来の讃美歌、聖歌の他に、讃美歌21、ワーシップソング等、教会の選択に任されているが、まだ従来の讃美歌、聖歌を用いている教会が多いようだ。
 また、「子どもと共に捧げる礼拝」については、それぞれが試行錯誤している段階である。子どもたちをどのように受け入れるか、そして育てるか、これはクリスチャンホームの大きな課題であると共に、教会全体の課題でもある。教会学校に委せておけばよいという問題ではない。
いずれにしても礼拝の形や内容を変えることは、無理なく慎重に進めるべきで、急激な変化は避けるべきだとの注意があった。
 説教や聖礼典も話題に上ったが、これらも大切な問題だ。来年のセミナーでは「説教」が主題として取り上げられることが決まっている。説教は「宣教」とも呼ばれるが、教会の重要な務めであり、牧師だけの問題ではないと思う。
礼拝は教会の中心であり、信者の生活の中心であるはずだ。要は、如何にして神に喜ばれ、また会衆が真に生かされる豊かな礼拝を捧げることが出来るかということである。何よりも大切なことは、神の臨在の豊かな礼拝となることである。礼拝のため、牧師のために皆様の祈りをお願いしたい。 (牧)          

2005年11月 6日 (日)

応 援 伝 道

 先週は西川口教会から応援伝道隊13名を迎えて、賑やかなことでした。土曜日昼前に永本先生をはじめとする新幹線組5名、夕方に川田兄運転の車組8名が無事到着、牧師館には収まらず、会堂2階の集会室でささやかな夕食歓迎会。懐かしい川口のパワーに圧倒されました。夜は皆さん向かいのホテルに、青年4人は教会に泊まりました。
 翌主日礼拝が本番ですが、私は宇都宮上町教会に招かれて早朝より出掛けましたので、残念ながらこちらの礼拝には出席できませんでした。後から聞くと、青年たちの賛美、Y姉の証、永本先生のメッセージ、みなよかったと聞き、感謝しました。
 宇都宮上町教会は市の北部の団地の中にあり、幼稚園は地域にしっかり根づいています。上町教会は当教会と同様かつては関東教区総会にも用いられ、広い境内に立っていますが、2年ほど前に改築されて、玄関ロビーが広くなりエレベーターも設置され、すっかり新しくなった感じです。若い澤田牧師ご夫妻を中心に全体に若々しい印象を受けました。
 礼拝は教会学校の子どもたちも一緒でした。特別賛美として子どもたちがワーシップソングをギターの伴奏で歌いました。これがすばらしかった。そして、私たちの教会から宇都宮に行ったK兄の証があり、これまたフレッシュな心に響くお話でした。こちらの教会と同じくまず子どもたちにメッセージして、次に大人たちにと思ったのですが、そのまま子どもたちも残ったので、子どもと大人とどっちつかずのメッセージになったかも知れません。礼拝後は記念撮影をして、広いロビーで愛餐会。婦人会心づくしのご馳走で楽しい一時でした。
 このようにお互いに応援伝道をすることは、互いに学び会う良き機会にもなると思います。
 10月は多くの教会で特別伝道会が開かれますが、来年やってみたいと思うことは、1ヶ月間を伝道月間と定めて信徒の証し、特別賛美など、教会を挙げて伝道に取り組むのはどうでしょうか。

2005年11月 2日 (水)

一泊教師研修会

 先週は鳴子で一泊の教区教師研修会が開かれた。昨年はなかったので、東北教区の教師研修会に参加するのは初めてであった。鳴子は実に40年ぶりで、昔のことも懐かしく思い起こした。ちょっと恥ずかしいような話だが、40年前に当時の研究室の一泊旅行があったとき、たまたま札幌から母が来ていて、「どうぞ、お母さんもご一緒に」という教授のはからいで、私だけ保護者同伴ということになってしまった。母がその旅行を子どものように喜んでいたのを良く覚えている。
 さて、今回の研修会は同志社大学の越川弘英師を講師として「今、礼拝を考える」がテーマであった。まだ40代の新進気鋭の学究だが、これからは研修会も息子のような教師たちからいろいろ学ぶことになるのかなあと感慨深いものがあった。礼拝については、こんなわずかなスペースには書けないが、今日の教会が特に関心を寄せているテーマであることは間違いない。講師は、「礼拝はキリスト教的な価値観において人生を意味づける儀式である」という印象的な言葉から始めて、長時間疲れも見せないで語り続けた。その明快な講義を快く聴きながら、自らの聖書学校での講義にも新しいヒントを与えられた。翌日は、教会の現状を知るためのアンケートなど、各自の作業に大半の時間を費やした。
私の泊まった部屋はなんと7人で、2間と言っても広くはないから、布団を7つ敷くと足の踏み場もない。久しぶりに修学旅行の気分を味わった。同室の教師たちは、教区長経験者など年配者ばかりで、東北教区は老人を労ることをあまり考えないのか、それとも教区の財政が逼迫しているのか、新参者には事情はよくわからない。が、誰も不満を言う者がないのは、さすがは牧師たちだ。
 今回のもう一つの楽しみは、鳴子の紅葉を見ることだった。鳴子峡をふたりで1時間ほど歩いたが、今年は紅葉が遅れていて期待はずれに終わった。もう一度行きたいとは静江牧師の弁だが??? 

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