1年の目標は?(1月1日)
新年を迎えました。私たちの前に拡がる白紙に、今年はどんな文字が書き込まれていくでしょうか。それにしても、どうしてこんな悲惨な事件が次々と起こるのかという昨年の出来事が思い起こされます。今年は何とか平和な穏やかな1年であって欲しいと、誰しも願うことでしょう。
しかし、聖書からすると(神さまから見ると)これらの事件は意外でも何でもないと思います。神から離れた人間とその社会は根本の所で狂っていると聖書にハッキリ記されているからです。
スイスの有名な心理学者ユングが、「幸せになるための条件はなにか」と訊かれて次のように答えています。(最近の日経のメールから)
「1番目に健康、2番目に自分がこれでいいと思うぐらいのお金、3番目は人間関係、4番目に美しいものが分かる能力、5番目に朝起きた時、しなくてはいけないことを持っていること、6番目は人生の障害にぶつかった時、それを解決できる能力」。
健康とお金は、常識的に人々が願うものですが、3番目以下は、人間の精神性を考えた心理学者らしい答えと言い得ると思います。しかし、これだけで本当に人間は幸福でしょうか。
聖書は人間を「霊、魂、体」の3つからなるものと見ています(テサロニケⅠ 5・23)。「霊」は人間の心の最も深いところを意味し、「神は霊である」というその神の霊に結びついているところです。ですから、アウグスチヌスも言ったように、私たちの霊が神の霊に結びついて、その命に与らなければ、本当の平安も幸せも感じられず、何か「空虚感」が残るのです。有名なパスカルも同様のことを言い、また私が尊敬するウェスレーも「私たちが神によってきよめられることこそ、最も幸福なことだ」と言いました。逆に言えば、仮に健康でなくても、またお金がなくても、私たちの霊が神に結びついているとき、金や健康等では得られない幸福感に満たされます。これを確認する1年とさせていただきましょう。

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