「ただ一つのことを」(2月26日)
第45回の箱根のケズィック・コンベンションが終わった。今回は、アメリカとイギリスから二人の講師が主講師として立てられたが、他に日本人講師としては札幌の久保木勁師と我が教会出身の本間義信師であった。海外の講師もさることながら、久保木、本間両師のメッセージは明晰で感銘を受けた。ここには、久保木師の説教の骨組みと聖句を紹介する。
説教題は「ただ一つのことを」
聖句は3つ、第一はヨハネ福音書9章25節、
「ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」
ここから「ただ一つのことを知る」というメッセージ、これは聖歌451番に歌われているとおりで、久保木師はご自分の救いの証しをされた。
第二は、ルカ福音書10章42節、
「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
有名な、マルタ、マリヤの姉妹たちの話である。ここから、「ただ一つの必要」それは「マリアの座」であるとのお話しだった。
第三は、フィリピ3章13節、
「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、・・・」
このところから「ただ一つのことをする」。以上の三点は、英語で言えば動詞が変わるだけである。即ち、
Only once thing I know(need,do).
である。この三番目に、先に天に送られたご夫人の最後の闘病生活についても語られた。
久保木師は、北海道ケズィック・コンベンションの委員長で、ナザレン教会の牧師であるが、集会の後で個人的にお話しをすることが許された。私が札幌を離れる前の年に若くして札幌の教会に赴任され、以来40年以上、一つの教会で牧会に専念してこられた方である。私の母教会の前牧師、小林浩師とも親しく、いろいろ懐かしいお話もお聞きして感謝であった。久保木師と本間師の説教テープは、希望者にお貸ししたい。

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