一族の救いを目指せ(3月28日)
先週は教会員が召されたり、教会の関係者の葬儀を頼まれたり、多忙な日が続きました。教会員の召天では、離れて住む子どもたちに連絡が十分でなかったために、本人が望むキリスト教式の葬儀が出来なかったことが心残りです。キリスト教はこの国ではまだまだマイノリティであることを痛感しました。
教会関係者で天に召されたH姉は、私たちの教会の戦前の信者であった家庭に育ち、私もお名前は折々に聞いておりましたが、お会いしたことはありませんでした。ところが、この度の葬儀に集まった一族の方々に接し、その一族の結束の固いのに驚き、かつ敬服しました。その中には私たちの大先輩である森五郎先生の子どもたちも連なるなど、教会との関係の深さもだんだん分かってきました。これらの方々が今日教会につながっていたら、大きな力になっていたことでしょう。
以前に、満丸茂先生が、一族の救いということを強調しておられましたが、日本の場合、それが特に大事であると改めて思いました。今日までのキリスト教は個人主義的な面が強く、一家で一人だけクリスチャンというケースが多いのが現状ですが、特に地方の伝道は、まず一家に、そして一族の中に福音が浸透していくことを目指すことが大事ではなかろうかと思います。
我が家においても、父母が信仰に導かれた結果、私たちも主の救いに与り、その伴侶や孫たち等、救われた者たちを数えていくと20数名になりますが、これは多い数ではありません。しかし、今日はさらに少子化傾向が進み、昔のように薯ずる式に多くの人が救われるという可能性が小さくなっています。もし子どもたちが10人もいたら、その子どもたちや孫たちが信仰を受け継いでいくと、その結果は驚くべき結実を見ることになります。
この度の葬儀に参列された親族の多いことに驚きましたが、これらの方々がクリスチャンホームを築いていったら本当に素晴らしいと思い、祈らされました。
「わたしとわたしの家は主に仕えます」と明確に宣言したヨシュアの信仰の尊さを改めて深く思う1週間でした。

最近のコメント