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2006年7月27日 (木)

 自分でよく考える(7月30日)

  ファミリーキャンプでは分団の時間があり、大人の分団は3つに別れて話し合いを持ちました。初めに、全体で牧師が短く発題し、今回は「ホーリネス信仰」に絞って語り合うことにしました。といっても一つは初心者分団で、そこでは自由に話し合っていただきました。私の分団はベテランが揃っていて、以前に祈祷会でS兄から出されたきよめに関する質問などをたたき台に、一人一人の考えや疑問を率直に語り合って、限られた時間ですがよい話し合いが出来たと思います。
 最近は、聖会でも分団の時間が設けられて、一方的に説教を聞くだけではなく、互いに語り合って理解を深めようという試みがなされていますが、今まで私が参加してきた分団では、必ずしも理解が深まったとは言えないという印象を受けました。それは、皆が自分の体験からそれぞれに語るので、何が問題なのかが明確にならないうちに時間が来てしまって、消化不良のままに終わってしまうケースが多かったように思います。
 その点、今度の首都圏聖会では、分団の分け方に一工夫があり、教師と神学生だけの分団とか、信徒が大半の分団とか、特色を持たせたようです。それでもある分団では、ホーリネス信仰とは何かが最後まで分からなかったという声も聞かれましたから、なお分団の持ち方に工夫が要るのではと思わされました。
 ウェスレーによって指導された初代メソジストは大半が学校で学ぶ機会を持たなかった一般庶民でしたが、「自分が信じていることを最もよく理解している人々」と言われました。聖書に照らして自分でよく考え、自分で理解した教えにしっかり立っていたのです。これは大事なことではないか、そうでなければ「いつでも弁明できるように備えていなさい」というペトロの期待を裏切ることになるでしょう。信徒の皆さんには、ぜひ「自分で考える」という努力を怠らないで頂きたいと願っています。 

2006年7月22日 (土)

神学生夏期派遣(7月23日)

    
 8月22日~27日、東京聖書学校から山口英希兄、中山契生兄(共に4年生)を伝道実習で迎える。二人とも若い兄弟たちであるが、より若い山口兄がリーダーで、兄弟から教会宛に手紙が届いたので、ここに紹介したい。
「ハレルヤ、主の御名を賛美します。
 今年の夏、中山契生兄と共に御教会へ派遣させていただくことになりました山口です。よろしくお願いします。私がこの派遣のリーダーを担当させていただきます。
 島先生が聖書学校の校長をされているので、信徒の方々には説教の中にもたまには学校の様子が話されているかも知れませんね。いつも、覚えてお祈りいただいていることを、改めて感謝申し上げます。
 私たちは四年生とは言いながらも、まだまだ未熟な者であります。しかし、そんな私たちを召して下さった主に感謝しています。時々、私たちは兄弟のように見られますが、それほどお互いの見た目や年齢が近づいて見えるのでしょう。気の若い二人なのだと思います。この夏の派遣奉仕においても、最善のものを献げていきたいと思っています。
 仙台青葉荘教会の上に、主の豊かな祝福と導きが、この夏の戦いの上にも与えられますようにお祈りしています。ご挨拶までに、栄光在主」
 山口兄は現在15名の学生の中で一番若い。そして、二人とも賛美が大好きである。8月27日の礼拝では、賛美と証しをしていただこう。
 6日間の奉仕はいろいろあるが、チャンスがあれば近くの公園で子どもたちへの伝道も考えてもらいたい。また、教会にも若者たちは何人もいるが、礼拝に集う若者は多くはないので、逆に若者のいる家庭に彼らに訪問してもらって、よい交流が持てないかと願っている。彼らを招いてくださる家庭を募集したい。まだ計画は煮詰まっていないが、神の思いがけない恵みの時(カイロス)が備えられていることを信じ、期待している。        

2006年7月15日 (土)

集中すること(7月16日)

  夏は各種のキャンプや修養会、聖会のシーズンです。私たちも、今年の新しい試みはファミリーキャンプですが、日程が良くなかったのか、子どもたちの参加が昨年よりも非常に少ないのを残念に思っています。ファミリーキャンプと言うことで大人の参加は増えましたが、さて、どのようなキャンプになるでしょうか。
 修養会や聖会を開く意味を考えてみると、みんなで一つのことに集中することではないでしょうか。
 現代の一つの特徴は、集中することが非常に難しくなったと言うことです。マスコミは毎日、めまぐるしく多くの情報を提供します。それに振り回されて注意が散漫になり、一つのことをじっくり追求することが難しくなったのです。修養会や聖会でさえ、色々なことのなかの一つのイベントに過ぎないという受け止め方になってはいないでしょうか。
 昔のことを言って恐縮ですが、例えば夏期聖会への取り組み一つをみても、何度も実行委員会を開いて協議し、祈りました。そういうことが、今日では難しいのです。時間を掛けてすることが困難になりました。「手際よく」を、何よりも優先します。時代の流れや風潮は、怖ろしいものです。自分自身がすっかりそう言う風潮に染まってしまったと感じます。いつも時間に追いかけられているのです。
 こういう生き方で、果たして信仰が深まるでしょうか。笹尾鉄三郎先生は「信仰は、まず10年です」と言われたそうですが、少なくとも10年は集中して求道し、修道に励む心がなければ、信仰はものにならないということを言おうとされたのではないでしょうか。しかし、現代人はそういうことに耐えられなくなってしまったのです。浅く、広く、ということが現代人の特徴でしょう。
 主イエスは私たちに何を語っておられるでしょうか。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」ときょうも語りかけておられると信じます。 

2006年7月10日 (月)

沖縄のこと(7月9日)

 去る6日より、教区の沖縄研修が始まり、6名の教職信徒が参加した。今回の参加者は全員が宮城中地区からとなり、当教会からS姉と静江牧師が参加している。全行程が守られ、収穫を携えて帰ることを祈っている。

 私が沖縄に初めて行ったのは2000年6月で、第4回日本伝道会議が沖縄で開かれた折であった。その時の教会週報に「初めての沖縄」と題して報告しているが、その一部をここに転載させて頂く。これは、伝道会議に先立って、希望者にオプショナルツアーが計画され、沖縄本島の南部戦跡を見たときの印象である。

「初めに有名な『ひめゆりの塔』に行く。ここに平和祈念資料館があり、悲惨な沖縄戦の状況をある程度知ることが出来た。特に心打たれたのは、生き残りの生徒たちの証言が大きな字で展示されていて、いくつかを拾い読みした程度であったが、もっとじっくり読みたいと思った。また、戦火をくぐって奇跡的に生き残った一人の婦人が、米兵に助け出されるまでの状況を静かに語っておられ、その飾らない話にも心打たれた。また、旧海軍司令部壕にも入ったが、ローマでカタコーム(地下墓地)を見たのを思い起こした。中はかなり広く、当時の面影をよく残していた。

 もう一つは沖縄戦終焉の地に建てられた『平和の礎(いしじ)』で、沖縄戦の犠牲者の名が国籍を問わず刻まれている。その数は20万人以上で、年々増え続けているという。アメリカ兵の名も多く見られ、また、日本人は県別に刻まれているが、我が郷里の北海道が多いのに驚いた。北海道と沖縄は南北の端同士だが、何か共通するものがある。

 行ってみて、米軍基地の広さに改めて目を見張る。今でこそ沖縄全土の一割強と聞いたが、以前は半分近くを占めていたという。誰よりも平和を強く願っている沖縄の人たちと、戦争の最前線につながる基地とをどう結んだらよいのか。沖縄の人々に今も犠牲を強いていることを忘れてはならない。」

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