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2006年9月30日 (土)

さわやかな晩年(10月1日)

  最近、ある方から次のようなお手紙を頂きました。

「・・はかり知れない神さまの愛と恵みによって、今日八十歳の誕生日を迎えることが出来まして感謝いたします。不思議なように試練の中にも御心にそった判断が与えられ、ひとり暮らしではありましても、平安な日々を過ごしております。
 『労苦によって得た何物も、
    その手に携えていくことは出来ない』
執着していた物を手から離していく年代になりました。どうぞ主の働きのために、み業が進められるためお用い頂きたいと思います。私も体調を整えつつ主に仕え、備えつつ励んで参りたいと存じます。」

このお手紙と共に、多額の献金を東京聖書学校のためにお献げくださいました。お手紙を何度も読み、特に「執着していた物を手から離していく年代になりました」という一文が心に残りました。私はまだ八十歳までしばらくありますが、その歳になったときに、この方のような心境になることが出来るかどうか、これは貧富に関わりなく、神さまから問われることではないでしょうか。
 歳をとると、いよいよ物に執着する心が強くなるとも言われます。子どもの頃に、そんな哀れなおばあさんの話を聞いたように思います。そんな浅ましい晩年を過ごすか、または、このお手紙をくださった老姉妹のようなさわやかな晩年になるか、それは今の私たちの価値観と生きざま、そして日々の祈りによるのではないでしょうか。
 主イエスは「受けるよりも与える方が幸いだ」と言われ、また、「与えることによって、ますます豊かに与えられる」と約束して下さいました。それは、与えることによって、まず心豊かに生きることが出来、さらに現実に必要が豊かに与えられるということです。これは今日まで多くの人々が経験してきたことです。「右の手のしたことを左の手に知らせるな」のみ言葉の通り、密かに与え、献げている方々も多くありますが、神さまはすべてをご存じですから、神の祝福もまた豊かであると信じます。

2006年9月24日 (日)

意外な展開に驚く(9月24日)

 期待と祈りをもって横山義孝先生をお迎えし、特別集会を持つことが出来ることを心より感謝します。
去る18日には宮城聖化大会に黒木安信師を迎え、5日後には横山先生をお迎えするとは、昔に帰ったような錯覚を覚えますが、私はこれを神の摂理と受け止めます。(少し説明しますと、20年ほど前に私たちの群は非常に難しい問題に直面して、黒木師はじめ数名の主だった教師たちが群を離れ、教団からも離脱して新たにグループを結成しました。以来、離脱した方々をこの教会に迎えることは困難になりました。それが、今回主の導きで、何事もなかったかのように黒木師を、引き続いて横山師を迎えて特集が出来たことに驚きを覚えています。)
 ついでに言えば、今回、突然のように峯野龍弘先生から「東北ケズィック・コンベンション」を仙台で開きたいというお話しがあって、私は正直腰が重かったのですが、若い先生方の積極的な受け止めもあり、来年の2月に近所の婦人会館で開催することが決まりました。ケズィック・コンベンションには委員長の峯野先生だけではなく、黒木師やこの教会出身の本間義信師も、また横山師も中央委員としてながく関わってこられましたので、首都圏レベルだけでなく、ここ東北でもかつての群の交わりが始められるのかという予感がしないでもありません。
 聖化交友会機関紙「聖化」の最近号に、黒木師が「今こそ、ホーリネスに生きる者たちの一致と結束が求められるのではないでしょうか」と記し、さらに「アジアや世界各地のホーリネス・ピープルとの豊かで麗しい交流が展開されることを祈らずにはおれません」と結んでおられます。
 もともと、同じホーリネス信仰に立つお互いが、教団のごたごたで別れざるを得なくなったのです。個人的には何も問題はないのです。なぜ、組織になるとこういう問題が生じてくるのか、無念という他ありません。それだけに、今回のある意味で意外な展開に、神の導きを強く感じております。 

2006年9月16日 (土)

 白髪になっても実を結ぶ(9月17日)

  今年も敬老の日を迎えました。ご高齢の兄姉が恵みによって支えられ、共にこの日を迎えることが出来ることは大きな喜びです。
神に従う人はなつめやしのように茂り
レバノンの杉のようにそびえます。
主の家に植えられ
私たちの神の庭に茂ります。
白髪になってもなお実を結び
命に溢れ、いきいきとし
宣べ伝えるでしょう
わたしの岩と頼む主は正しい方
御もとには不正がない、と。
           (詩編92・13~16)
「白髪になってもなお実を結び」とは、どんな実を結ぶのでしょうか。新約聖書では、
霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です
(ガラテヤ5・22、23)とあります。
「歳をとると頑固になる」と、俗に言われますが、聖霊に満たされたクリスチャンは、歳をとっても、ますます柔和になり、愛と喜びに満たされ、寛容、親切になるとは何とすばらしいことでしょう。少なくとも、私たちはそうなり得る可能性を与えられているということです。
 そういえば、もう20数年前に召された父は、若い頃は短気でピリピリしていたようですが、晩年は穏やかになって、顔の表情まで全く変わりました。また私たちの老牧師は、若い頃はライオン将軍と言われたと聞きますが、晩年はその面影を残しつつも、「気落ちしている者たちを励まし、弱い者たちを助け、すべての人に対して忍耐強く接し」(テサロニケ一 5・14)のお言葉の通りでした。
心を頑なにしてはならない」(詩編95・8)とは、小原十三司師が晩年、自らに言い聞かせていた聖句だったと聞いています。「恵まれた老人になりたい」という願いを私たちも持ちたいものです。             

2006年9月 8日 (金)

 お祈りを感謝!(9月10日)

  3日の礼拝は、皆さんに心配をおかけし、また、お祈りいただきましてありがとうございました。前夜から少し体調を崩し、日曜の早朝、軽いめまいがあり、礼拝までにはよくなると信じて祈っておりました。しかし、なかなか良くならず、礼拝直前までベッドで休み、静江牧師にも子どものメッセージ等、種々助けられて、なんとかご用を果たすことができました。説教をしながら、皆さんの祈りをひしひしと感じました(祈られる牧師の幸い!)。
 翌朝、病院に行って診察を受けましたが、原因は良く分かりません。季節の変わり目と、夏の疲れが重なったのではないでしょうか。
 病院から真っ直ぐ新幹線で栃木県の今市で行われる聖書学校の退修会に行きました。那須塩原の駅まで大友教師が車で迎えに来て下さり、大変助かりました。会場は鬼怒川温泉の近くに出来た「オリーブの里」という施設で、昨年まではなかった温泉の桧の風呂場も完成して、ぐっとグレードアップしました。
 今回の退修会では、有名なバウンズの「祈りによる力」をテキストに用い、祈りについて学びました。中島代作先生がホーリネス誌を編集しておられた頃、毎号のように「バウンズの言葉」を英文から翻訳して載せておられたのを懐かしく思い起こします。
 この本は歴史的変遷があり、大先輩の葛原定市師その他の翻訳がありましたが、1972年に羽鳥順二師が改訳され、その後絶版になり、また復刊されて版を重ね、地味ではありますがロングセラーを続けています。
 バウンズは、キリスト者、殊に説教者にとって祈りがどんなに大切であるかを繰り返し力説しています。学生たちと共に学びながら、改めて自らの祈りの乏しさを痛感しました。
 最後に著者は「説教者が祈るということは、絶対に必要です。そして、説教者のために祈るということも絶対に必要なことです。この二つは偕老同穴のちぎりにはいっている・・」と、牧師と信徒の祈り合いの大切さを強調しています。私たちも、もっと祈りましょう!

2006年9月 2日 (土)

二つの大事な集会(9月3日)

    
 九月を迎えました。横山義孝先生をお迎えする特伝や敬老会などが控えていますが、その外に私たちの教会を会場に二つの超教派の大事な集会がありますので、簡単にご説明しましょう。
 まず9月18日の「宮城聖化大会」ですが、正式名称は「宮城聖化交友会・仙台大会」です。これはすでに仙台で毎年開かれて恒例の行事になっていますが、今年は浅草橋教会の黒木安信師を講師に迎えます。黒木先生はかつてはホ群の中央委員であり、東京聖書学校の教授でしたから、何度か東北夏期聖会やこの教会の特伝等にもご用でお出でくださいましたが、1988年のホ群の分裂以来、現在のウェスレアン・ホーリネスのグループに移られましたので、私たちの教会とも疎遠になってしまったわけです。私個人としては、以前から尊敬する先輩であり、個人的にも親しくご指導いただきましたから、分裂は大きな痛みでした。今回、聖化交友会の交わりの中でお招きできることになったのは主の深い導きと信じます。先生としても久しぶりに青葉荘教会の講壇に立つのは深い感慨がおありではないでしょうか。期待と祈りをもって先生をお迎えしましょう。なお、先生は現在、全国の聖化交友会の会長であり、ウェスレアン神学院の院長その他の要職を担っておられます。
 9月二26日(火)午後七時からクリストファー・サン師を迎えて「信徒大会」が開かれます。クリス師のお名前は初めて聞く方が多いと思いますが、台湾出身でアメリカに留学し、建築を専門としましたが、主の召命により大衆伝道者として立ちました。アメリカや台湾では大きな伝道会を開き、名が知られていますが、日本では今春初めて東京で伝道会の説教者に招かれました。単純で力強い説教だったとお聞きしました。日本に重荷を感じ、自費で何度も日本に来られ、御心ならば仙台でも伝道会をと願っておられます。私たちは先生を知るためにも、まず信徒大会にお出で頂き、さらに来年には諸教会が一つになって、大きな集会をとも考えております。どうぞ祈ってください。

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