« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月28日 (土)

スペイン旅行に参加して(10月29日)

  お許しを頂き9日間の「スペイン・キリスト教歴史の旅」に参加しました。杉山昭男師以下23名で、ロンドン経由でバルセロナからスペインに入りました。私にとっては4年前のトルコ・ギリシャの旅以来の海外旅行でした。前回との大きな違いを感じたのは、英国もスペインも空港のチェックが厳しく、靴も脱ぎズボンのベルトもはずして身体検査を受けました。ハサミや刃物はもちろん、ボトル(水)類は一切機内持ち込みは禁止、テロへの警戒でピリピリしているのを感じました。
 世界各地の異常気象が報道されていますがスペインも例外ではなく、ここ2,3年極端に雨が降らず、各地は水不足です。ところが、私たちのスペイン滞在中、毎日のように雨が降り、ガイド嬢は、「こんなことは珍しく、恵みの雨です」と喜んでいました。
 今回の旅行の主たる目的は、ザビエルとロヨラのゆかりの地を訪ねることでした。
 フランシスコ・ザビエルとイグナチオ・デ・ロヨラは共にスペイン北方に住むバスク人で、彼らの自由闊達な民族性は司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズにも出てくる。ザビエル家はナバール王国(スペイン併合前は小さな独立国家)の名家で、父は宰相にまでなった程の人であった。一方、先輩のロヨラも名門の出で軍人であったが、戦争で足に重傷を負い、その試練の中でキリストとの出会いを経験する。この二人が共にパリ大学に留学して、そこで初めて出会い、若いザビエルはロヨラに説得されて、信仰に生きる決心をし、ロヨラとザビエルは他の同士5人と共に1534年8月15日にイエズス会を結成する。このちょうど15年後の1549年8月15日に、ザビエルは東洋の果て日本へキリスト教の布教のためにはるばるやって来たのである。
 ロヨラが立てこもって冥想したという洞窟(今は修道院)やザビエル城を見て、出会いの不思議さを感慨深く思った。            

2006年10月14日 (土)

ザビエルの国スペイン(10月15日)

  17日~25日までお許しを頂き「スペイン・キリスト教歴史の旅」に参加いたします。今年はフランシスコ・ザビエル生誕五百年の記念の年に当たり、その故郷を訪ねるのが一つの大きな目的であります。ザビエルについては、私たちはほとんど知らないと言ってもよいでしょう。
 ザビエルは日本に来る二年前にマレー半島のマラッカで日本人のアンジローに会い、日本への布教を強く願った。それはアンジローから日本のことを聞き、日本人は信者になるだろうかと彼に尋ねると、「すぐには信者になりますまい。彼らはまずいろいろ質問するでしょう。貴師の答弁を聞き、貴師の行状を探り、果たして言行が一致しているかどうかを確かめるでしょう。その上で彼らは信者になるでしょう」とアンジローは答えた。この答えに大いに感ずるところあり、ぜひ日本に布教に行きたいとの熱意を抱いた。そしてついに1549年8月15日、同行の者たちと共に鹿児島に着いた。(奇しくも前大戦の敗戦の日に一致するが、ザビエルの来日を以てカトリック教会の布教が始まり、敗戦によって再度キリスト教の自由な伝道が許されるようになった。)ザビエルの日本滞在は二年余で長くはなく、必ずしも多くの信者が生まれたとは言えないが、その後の布教の模範を示したのは彼であった。その意味で、ザビエルの影響は大きかった。
 日本を去ってから、さらに中国伝道を願ったが、二年後に香港に近い上川島で病を得てその地に没した。46歳の若さであった。
 スペインでは、ザビエルと共にイエズス会を結成し、その長となったイグナチオ・デ・ロヨラゆかりの地も訪ねるはずである。スペインはカトリックの国であり、中でも最も厳しい修道会の一つに数えられるイエズス会はこの国に生まれたのである。この際、カトリック教会の最もよいところを学んでみたいと願っている。杉山昭男先生はじめ、親しい方々と同行できることも楽しい。お祈りください。

2006年10月 7日 (土)

 同期会に参加して(10月8日)

  先週は3日ほど時間を頂き、大学の同期会に参加してきました。前回は、卒業40年の記念の年に北海道に集まったのですが、今回はその四年後に東北でと言うことになり、私が仙台にいるので、はじめは仙台近郊でと言う話が出ていましたが、結局三陸海岸に決まり、全国各地に散っている同期生28名中18名が飛行機や新幹線で駆けつけました。私は東京組と合流して盛岡に向かい、そこから山田線という電車に初めて乗って宮古まで、さらに三陸鉄道で田野畑という所まで行きました。宮古では少し時間があったので浄土ヶ浜を見に行きました。夕刻、田野畑のホテルに集合して夜は宴会、一人ずつ近況報告等が語られました。私は近況報告を簡単にして歌で会を盛り上げようとしたのですが、かっこよく歌いすぎて盛り上がりは今ひとつでした。
 翌日はマイクロバスを借り切って、近くの観光スポットを見て回りました。龍泉洞は神秘的でした。鍾乳洞ですが奥に透明度世界一を誇る地底湖があり、深いところは水深百メートルを超えるというドラゴンブルーの神秘的な世界を垣間見せていました。
 次は、写真などでも有名な北山崎の海岸美を見に行きました。展望台までの階段の上り下りはいささかきつく、5年後では無理だったとかいろいろつぶやきも聞こえましたが、観光船からの眺めはなかなかでした。三陸と言えば子どもの頃に、リアス式海岸で津波被害が大きいと聞いた程度でしたが、昔の仲間とゆっくり語り合いながら海岸での森林浴を楽しんだり、舟に乗ったり、良い思い出になりました。同期会をこれで終わりにせず、3年後にはまた会おうと約束して散会しましたが、次回は何人が元気に集まれるでしょうか。
 盛岡から新幹線で東京聖書学校に直行し、金曜日は朝から夜までびっしりのスケジュールでしたが、体調も守られ、強い風雨のなか、無事に帰仙できて感謝でした。土曜日は大事な結婚式その他があり、夕方には會澤とき江先生をお迎えします。 

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2008年5月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

ブログ:ココログ