愛の鞭の一言
クリスマスも恵みのうちに終わりました。今週は、いつもの週報短文の代わりに、教会の月報「いこい」12月号の巻頭言を載せさせて頂きます。私にとっては忘れられぬ一言です。
昨年の十二月号にはクリスマスの思い出を書かせていただきました。今回は、受洗した高校一年のクリスマスの続きを書きましょう。
その年(1955年)は12月25日が日曜で、もちろんその日の午前にクリスマス礼拝があり、その礼拝で日曜学校の仲間と共に受洗の恵みに与りました。25日の夜には、毎年大人と子供合同のクリスマス聖会(祝会)がありました。その頃は子どもたちも大勢で、とても椅子には座りきれないので、会堂の前方にゴザを敷いて、子どもたちはそこに座りました。森さんという日曜学校の先生のお話は天下一品で、毎年同じような話を繰り返し聞くのですが、皆それが一番の楽しみでした。最後にプレゼントも頂いて、子どもたちは目を輝かして帰ったものです。
さて、25日の次は元旦が日曜になりますが、母教会では毎年除夜の祈祷会が31日の深夜に行われました。両親が出席するので、いつもは家で留守番をしていましたが、今年は自分も洗礼を受けたのだからと、出たことのない祈祷会に初めて出席しました。北国の夜ですから寒いです。大きなストーブを真ん中に、多分20名ほどの者たちが集まったと思います。集会が始まる前に、熱いおしるこが振る舞われ、皆でおいしくいただきました。
時間になると伊藤馨先生が、「それではこれから年末の感謝会をしよう。今年感謝することのあった人は証してください」と言われました。そして驚いたことに、「まず、クリスマスに受洗した人から証してもらいましょう」と言うではありませんか。ドキッとして見回したら、受洗したのは七人だったのに、その夜出席していたのは確か私一人でした。
「では、隆ちゃんから」と来ました(隆ちゃんとは私のこと)。私は、どぎまぎしてしまい、「できない」と言う勇気もなく、しどろもどろに何か考えていたことを話しました。その場はそれで済んだのです。ところが年が明けて二,三回目の礼拝でした。説教の中で次の言葉が耳に飛び込んできました。
「受洗してもこんなことを言う人がいる。これではものになりません。」それは紛れもなく私のことでした。その時は「なにを!」と思いましたが、それは先生の愛の鞭の一言だったでしょう。その言葉を肝に銘じて今日まで歩んでくることができたことを感謝しています。

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