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2007年2月26日 (月)

恥ずかしい昔話

コンベンションのことが続きましたが、恵まれた後には、大抵何か事件(?)が待っているというのが
今までの経験でした。今回も、そうでした。いきなりほっぺたを殴られるようなことが起こり、「神さま、
これは一体どういうことでしょうか」という思いでしたが、その件はまだ未解決です。祈りつつ、推移を
見守っています。他に、思いがけないことが二つありましたが、一つは大体良い方向に向かっています。
もう一つは、どのように導かれるか、神さまの御心一つと思っています。

 一つだけ、昔話を書きましょう。結婚して、まだ日が浅かった頃、大変恵まれた聖会に出席して、
意気揚々と帰宅しました。そして、留守番をしていてくれた妻に、何か報告したのでしょう。ところが
その時の私の一言に妻はひどく傷ついたようでした。私は全く気づかなかったのです。夕方になって
妻が帰らないなと思っていたら、テーブルに書き置きがあって、「しばらく家に帰らせて頂きます」と
あるではありませんか。私はあっけにとられてしまいました。
その後、妻を迎えに行ったかどうかは記憶が定かでありませんが、多分妻も母に諭されて帰ってきて
くれたから、今日があるのでしょう。数えてみると、もう37年になります。今年くらいは結婚記念日に
花の一本も買ってこようかと密かに考えています。
妻の名誉のために言いますが、家に戻ったのはその一回だけでした。また、榎本先生は「恵まれた」
なんて家では言わないで、黙って家族に親切にせよと忠告してくれましたが、本当だと思います。
言葉だけの証しは力がない、いや、かえって躓きになるということでしょうか。

2007年2月19日 (月)

祝されたコンベンション(2月18日)

久しぶりに週報短文を、そのまま載せることにしました。昨日は、臨時教会総会も無事終わり、今春の伝道師招聘を正式に決定しました。ほっと一息ついています。ケズィック・コンベンションも祝されて終わり感謝でした。

 昨年の箱根におけるケズィック・コンベンションで、峯野委員長は「来年は東北でもコンベンションを開きたいと願っています。島先生、ちょっとお立ちください」といきなり私を紹介され驚いた。そういうこともちょっとは耳にしていたが、地元では何も相談されていないし、時期尚早ではないかと合点がいかなかった。ところが、夏頃から一部の牧師たちが自主的に集まって東北のコンベンション開催について相談が始まった。私にも声が掛かったが、他の予定と重なって出席できず、クリスマスが終わってようやく委員会に出席したが、集まる者は数名に過ぎない状態だった。こんなことで果たして開会できるのだろうかと半信半疑であったが、中央からチラシやポスターが送られてきて、事務局は東北6県と新潟県の諸教会に郵送したとのことであった。
 さて、蓋を開けてみると東北各地から、特に秋田、山形、また青森からも参加申し込みが相次ぎ、この分では会場の婦人会館で果たして大丈夫なのかと逆に心配される程になった。実行委員長の行川先生も、これは驚いたと嬉しい悲鳴であった。
 ところが、大会会長をお引き受けくださった小助川次雄先生は、実は18年前から東北での開会を願って祈っておられたとのこと、そういうことだったのかと初めて合点がいった。青葉荘教会で開かれた早天聖会第一日目に小助川先生がメッセージに立たれ、ケズィック・コンベンションへの熱い思いを語られたが、感銘深いお話であった。先生は秋田のルーテル同胞教会の牧師で、私たちのいわゆる「きよめ派」の立場とは違うが、ケズィック・コンベンションは教派の壁を超えて「聖書的・実践的・個人的きよめ」を求める聖会として130年以上の英国での歴史があり、日本でもその伝統を受け継いで今日まで来ている。関東や関西では開始されて半世紀近くになり、ややマンネリ化のきらいが感じられないでもないが、今度は東北から新しい風が吹いて、全国の大会を活性化できたらと祈らされた次第である。    

2007年2月11日 (日)

第1回東北ケズィック・コンベンション

きょうから第1回東北ケズィック・コンベンションが始まりました。箱根では46年になるでしょうか、
北海道でも40回を超えたのではないかと思いますが、なぜか東北では今まで開かれませんでした。
それが、突然のように今年から開かれるようになりました。しかし、突然ではないのでしょう。
「水を汲んだ僕は知っていた」という聖書の言葉通り、誰かが隠れたところで真剣に祈って下さった
のでしょう。
きょう会場に参りましたら、事務局のO先生が「申し込みが212名になりました」と言われて驚きました。
さらに明日はもっと増えるでしょう。会場に座りきらないほどの人々が溢れるかも知れません。
駐車場も全く足りないので、近くに有料駐車場もありますが、思い切って「末日聖徒イエス・キリスト教会」
(モルモン教会)の駐車場を貸して頂くことにしました。交渉に参りましたら、先方は大変好意的に
貸して下さいました。貸借料などは要らないと言われるのです。ご厚意を感謝しました。
第1回ですから、いろいろハプニングも起こるでしょう。どんなことが待ち受けているか、むしろ楽しみに
待ちたいと思います。
明日は、6時から早朝の聖会が、私たちの教会で開かれます。遅くとも5時には起きて、皆さんを迎える
準備をしなければなりません。今晩は、早めに休むことにしましょう。

2007年2月 3日 (土)

環境問題をどうする?

先週は「沖縄の桜」について書きました。桜の花で思い出すことは、北海道の桜は、花と葉がほとんど同時に開くと記憶します。いつか、初めて本州の桜を見たとき、花ばかりだったので驚きました。
私は、近所の公園の桜を楽しみにしていますが、昨年はなぜか花だけでなく、葉が多いように思いました。北海道の桜のような感じでした。同じ桜でも、気候によって微妙に変わるのでしょう。それが植物と気候の関係ではないかと考えます(桜ばかりでなく、北海道の春は、いろいろな花がほとんど同時に咲くのですね。それは見事です。)
しかし、環境に左右されるのは、植物ばかりではありません。人間もそうだと思います。
今日の、恐ろしい出来事を思うにつけ、どうしてこんなことが次々に起こるのか、世の中は一体どうなったのかと心配でなりません。どこかがおかしいのではないか、狂っているのではないかと、みな感じているでしょう。これも大きく言えば、私たちの生きる社会(環境)が、こういう事件を引き起こしていると言えます。
しかし、環境を変えるというのは本当に難しいですね。地球の温暖化一つ取り上げてみても、産業構造を変えてしまわなければ、抜本的な対策は打ち出せないでしょう。でも、一旦回り始めた歯車を元に戻すことはまず不可能に近いと思います。では、なるようにしかならないのか。
私たちは愚かで罪深いですから、私たちだけならばどうしようもないかもしれません。しかし、私たちは神を信じておりますから、助けは上より来ると信じています。「神さま、どうしたらよいのでしょうか」と祈りつつ、今日私は隣人と共にどう生きるか、一足一足神さまに聴きながら進む他はないと思います。皆さんは、如何ですか?

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