宗教弾圧を覚える(6月24日)
きょうは昨日から潮義男先生を迎えての特別伝道集会二日目ですが、もう一つ忘れてならないことがあります。それは、1942年6月26日、ホーリネス系の教会への国家の宗教弾圧があり、中島代作師をはじめ私たちの先輩たちが一斉検挙され、投獄されました。きょうはそのことを覚えて、首都圏その他では弾圧記念聖会が開かれます。私たちもそのことを祈りのうちに覚えたいと思います。
中島代作師が召天されたのは1976年8月28日ですが、その年の6月27日に淀橋教会で開かれた弾圧記念集会には中島代作師が講師に招かれ「死に至るまで忠実であれ」と題して説教されました。この説教は筆記されて同年8月号ホーリネス誌に載っています。この説教が中島代作先生のホ誌に載った夥しい説教の最後のものになりました。その一部を紹介しましょう。
「私の証になりますが、1年ほど経た秋、起訴されて拘置所に向かいましたが、その時はじめて家族からの通信が許され、家内はやせ細って結核の第二期であること、長女は胸を悪くして四年の時から学校を休んで家で静養していること、今は亡くなったあの誠の耳は、栄養失調でひどい中耳炎になり、重い手術を受けなければならないこと等を知りました。そんな様子を聞いてショックだったのでしょうか、食事がのどを通らなくなってしまいました。
そんなある時、隣りの獄房から仁丹が投げ込まれました。彼は共産主義者でしたが、最早敵も味方もなく、愛は本当に人を動かすと思いました。私に深い感銘を与えた経験でした。(その後、左翼思想で投獄された大学教授二人が牧師として投獄された先生に敬意を払ったことが述べられている。)」
ほんの一部しか紹介できないが、教会の八五周年記念誌にも一部紹介されています。また、今年のホ誌六月号に潮先生と私の弾圧に関する文章が並んでいるので参考にして下さい(ホ誌を購読していない方は贈呈分がロビーにあるのでご自由に!)

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