アシュラムに参加して(9月23日)
関東アシュラムに招かれて箱根に行ってきた。このところ何年も、千石原に近い山崎パンの箱根山荘で開かれている。山崎パンの社長は熱心なクリスチャンで、今回ご本人は参加できなかったが、奥さんとお姉さんはアシュラムの常連で、今回も出席して熱心に祈っておられた。
アシュラムについて、そのすべてをこの短文に記すことは出来ないが、私の信仰は教会の礼拝その他と共に、アシュラムで養われたと思っている。アシュラムは一言で言えば祈りの集会であるが、この世の一切から離れて、み言葉と祈りと信徒の交わりに集中する。それは一日だけの短いアシュラムもあるが、2泊3日は欲しいと思う。スタンレー・ジョーンズが日本にアシュラムを紹介したのは半世紀も前になるが、彼の指導するアシュラムは日程がもっと長かった。しかし、忙しい日本の社会では難しい。
アシュラムの中心は、各自がみ言葉に聴くということである。時間を取ってじっくりと聖書に聴く。そして、示されたみ言葉を共に分かち合う。説教もあるが、それが中心ではない。私も2回の説教を命じられたが、説教者はあくまでも聖霊ご自身の導きに従い、祈りのうちに示されたみ言葉を語る。今回はフィリピ書に聴こうということで、私は2章、3章から語らせて頂いたが、アシュラムにおいて示されたことは、何冊の本を読むよりも意義深かったと思っている。
今回の主題は、今年の青葉荘教会の聖句そのままに「キリスト・イエスの心」とさせていただいた。そして、アシュラムで思ったことは、創立百周年を迎える私たちの教会が、まずアシュラムを開いて、みんなで「キリスト・イエスの心」を求めて祈るべきではなかろうか、ということである。それは「祈りの教会」である青葉荘教会にとって最も相応しいことではなかろうか。確かにアシュラムは、この教会に向いていると思う。これらのことを役員会その他でも話し合っていきたいと願っている。

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