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2007年10月28日 (日)

意味あるハプニング(10月28日)

  一年余りの準備をもって開かれたキリスト教大会は恵みのうちに終わった。教会としても、秋の特伝として取り組み、多くの方々のご奉仕を頂き感謝に堪えない。この伝道会を通して、直接間接の収穫があったが、協力教会の牧師達が心を一つにして祈り、準備に当たることが出来たことも大きな収穫であった。それによって、我らの信頼関係が深められたことを感じる。
 去る22日に実行委員会が開かれ、クリス(トファー)師も出席して、感謝や反省が語られた。その席上、ちょっとしたハプニングがあった。それは、実行委員長の田中師が会を進めておられたが、クリスは自分の考えで今後の伝道の継続を話した。すると、田中師が突然それを遮って、英語で彼を諭しはじめた。それは、この度の伝道会における彼のとった態度に対する忠告であった。クリスはまだ日本人のこと、特に東北人の気質を知らない。伝道会の前に田中師は個人的に色々クリスにアドバイスをし、会の全体的な進め方についてもよく打ち合わせておいた。ところが、伝道会が始まってみると、クリスにバトンが渡されてからは彼のペースで進み、時間もかなり超過した。最後の招きは大切だし、特にクリスはそれを使命と心得ているが、「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉の通り、せっかく祈って誘ってきた家族や求道者がつまずいたという事実もあった。伝道は主の戦いだから、そう言うこともあり得るが、この度はどうだったであろうか。クリスが田中師の忠告に従っていれば、あるいはそれを避け得たかも知れない。田中師は、今後もクリスが自分の考えで進むのであれば、今後の協力関係は難しいとまで言われた。クリスもそれを謙虚に受け止め、皆で感謝の祈りをもって会を閉じることが出来た。翌日、仙台を離れる前に、クリスは実行委員の牧師達一人一人に電話をして、私にも「アリガトウ」を繰り返していた。後日また、彼の爽やかな笑顔を見ることができるだろう。今後、この伝道を主がどのように導いてくださるか、主の導きに期待している。 

2007年10月22日 (月)

セミナー報告ほか(10月21日)

  10月8日から10日まで、市川において「ホ群信徒教職共同セミナー」が開かれた。主題は、「ホ群教会の信仰と教会形成」で、今回は説教に焦点が絞られた。講師は教団議長の山北宣久師、持ち前のユーモアと話術で会場を魅了したようだ(私は札幌の聖会のご用で聴けなかった)。
 9日は午前中3人の年代が違う牧師が同一の聖書個所から、実際に礼拝で語られた説教を再現して見せた。一同はそれを聴いて、午後の分団で語り合った。これは私が東京聖書学校で学生達としている説教演習に似ているが、学生と違って現役の牧師達が語った説教を批評することは困難だった。それぞれの個性で語られるのだから、それでよいのではないか。ただ、聴く者として牧師は自らの説教を反省し、信徒は信徒の立場から説教の違い等に学ぶことがあったと思う。
 9日午後に臨時のホ群委員会が開かれ、森田聖子師のホ群加入と当教会招聘の面接が行われた。信徒代表で出席された松本芳哉兄がご挨拶して下さった。夜の聖会では森田師の派遣式が行われ、皆さんの祈りによって送り出され幸いであった。
 聖会では神学生の証し、吉仲 將師のヤコブのメッセージがあった。翌10日は全体協議会で、分団の発表と山北師を囲んで質疑が行われ有益であった。その日森田師と松本兄と3人で仙台に戻り、夜の祈祷会で感謝の報告ができた。
 11日はアパート探しに奔走、いくつかの候補もあったが、結局本人の希望するアパートに決まった。教会から徒歩10分余りのところ。12日は、私が聖書学校の日なので、第二寮にまとめてある森田師の荷物を送り出し一段落。
 14日の礼拝で就任式、礼拝後の歓迎会と続き、15日にはM姉から冷蔵庫、洗濯機等を頂き、吉川からの荷物も到着して、生活する準備が整ってきた。吉川での五年余りは独り立ちの準備の時、これからがいよいよ本番である。教会も若い教師を迎えて新しい展開を祈っている。今後とも御加祷をお願いしたい。

2007年10月15日 (月)

慌ただしい一週間(10月14日)

  森田聖子先生を迎えました。きょうは就任式と歓迎会です。ここに至るまでいろいろありましたが、神さまが万事を益にして下さったと信じます。

 先週は一週間、新聞を見る暇もありませんでした。六日土曜の朝、仙台駅から初めてアクセス鉄道で仙台空港へ、千歳に飛んで特急で旭川に直行しました。東京聖書学校に入学を希望している兄弟と、その父上に会うためでした。父上は一人で農業をしておられます。そのご自宅でしばらく話しました。帰り際に書斎に案内されて、一回り大きなパソコンの画面を開いて、今進めているインターネットの英文の聖書研究を見せてもらいました。父上が献身したら良いのにと思いました。旭川駅まで車で送って頂きましたが、旭岳の山麓はきれいに紅葉していました。特急で札幌に戻り、ホテルに投宿。
 七日の主日早朝、近所の大通公園を散歩、中心の三越の辺りは昔と全く様変わり。早めに懐かしい方々の待つ母教会(札幌新生教会)へ。皆、高齢になられたのに驚きました。講壇に立つのは拾数年ぶりです。午前は証しの礼拝。午後は札幌宣教交友会(SSK)主催の伝道会。15人ほどの青年達が揃いのTシャツでギターやドラムで賛美、驚きました。さらに、中高と大学の友人達五人が出席してくれたのに感激して、私も思わず熱っぽく「神にはできる」と福音書から語りました。その夕、兄姉達がホテルで夕食の席を設けてくれましたが、兄姉四人とそのつれ合いと(欠ける者も出てきた)いつまでこういう会を持てるだろうかと感慨深いものがありました。翌日は、SSK主催の聖会でしたが、午前と午後の二回の聖会も、母教会の礼拝堂はほぼ一杯で、特に若い人が多いのには驚きました。ロマ書八章から話しましたが、ちょっと難しかったかもしれません。いきなり、ロマ書のピークから語り出した感じで、やはり一章から学んで行くのが本当でしょう。夕方千歳まで兄に車で送ってもらって羽田に飛び、市川のホテルに着いたのは夜10時頃でした。(続)

特伝のために祈ろう(10月7日)

  10月を迎えました。いよいよクリストファー・サンと岩淵まことご夫妻を迎える「仙台圏キリスト教大会」も近づきました。5日(金)夜には協力教会の合同祈祷会が開かれ、委員長の田中敬康師から奨励を頂きましたが、信仰を鼓舞される力強いメッセージでした。マルコ九章から「信じる者には何でもできる」という主のお言葉、また、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない」ということを新しく教えられて感謝しました。そして出席者一同、心を合わせて祈りました。まず講師のために、すべての奉仕者のために、そして、あの青年文化センターのシアターホールが満たされるように、決心者が起こされるように、仙台圏の教会が一つとされるように、祈りました。
 現在協力教会は13教会です。これに協賛教会が数教会起こされていますが、まだ、仙台圏の教会全体から見たら、ほんの一握りの教会です。委員長の田中先生が、仙台は超教派の集会が難しいところだと以前に語っておられました。そういう土地柄なのかもしれません。しかし、この度のクリストファー・サン師の伝道会、また、11月のラブソナタの集会の準備が進む中で、皆で力を合わせて宣教に励もうという機運が高まってきました。
 本来のキリストの教会は一つなのですから、これらの集会が突破口になって、心を合わせて伝道と奉仕に励む教会でありたいと願わされました。
 まず、10月19日、20日の大会が祝されるように、皆で祈り、家族や友人を誘って出席しましょう。出席することが第一の奉仕、誰かを誘うことが第二の奉仕です。クリストファー・サン師も多大の犠牲を払って私たちのために奉仕して下さるのですから、私たちも師の熱意に応えて少なくとも祈ってこの大会を支えましょう。先の二つの奉仕の前にあるのが、祈りの奉仕です。祈りの栞を用いて、また、大会前の集中祈祷にも参加して下さい。祈りが鍵であると祈祷会で教えられたことを感謝します。

2007年10月 3日 (水)

恵みの九月(9月30日)

  九月も終わりを迎えた。きょう、西間木一衛先生のみ言葉の取り次ぎをもって、この月を締めくくることが出来ることを感謝する。「数えてみよ、主の恵み」の聖歌のように、数々の恵みを頂いた一ヶ月であった。月の初めには東京聖書学校の退修会が日光「オリーブの里」で開かれ、学生、教師と共に恵みの時を持った。続いて吉川での公開講座にはホーリネス教団の重鎮、小林和夫師を迎え、ウェスレーについての充実した講演を伺った。
 九日は敬老祝福礼拝、愛餐会。今年も松下しん姉をはじめご高齢の兄姉と共に良き時を持たせて頂いた。14日には聖書学校の長年の願いであった「信徒夜間講座」が赤羽教会でついに開講し、開講式には50名近い方々が駆けつけてくださった。受講者は25名ほどが与えられ、毎週金曜夜、講座は快調に進んでいるとお聞きしている。
 17日は朝祷会東北ブロック大会。仙台朝祷会が中心になり、盛岡や郡山から、また連合会長の米田昭三郎兄も関西から駆けつけてくださり、大変恵まれた大会だったと報告された。
 私はその日、箱根に開かれた関東アシュラムに参加し、恵み溢れる三日間を過ごすことを許された。特にフィリピ書をじっくり読み、祈ることが出来たことは大きな感謝であった。
 24日は第一九回宮城聖化大会が開かれ、中島秀一師より「キリストの血」について旧約、新約よりみ言葉が取り次がれ一同恵まれた。
 最後に思いがけず、札幌の母教会の昔の仲間が聖書学校を訪ねてくれて、4人で時の過ぎるのを忘れて話し込んだ。もう母教会を離れて五〇年になろうとしているが、それぞれがおかれた場所でその地の教会によく奉仕している話をじっくり聞かせて頂いた。一人は東久留米の教団の教会、一人は佐倉の改革派の教会、そしてもう一人は西宮の福音ルーテル教会、教派は異なってもキリストにおいて一つ、母教会で培われた信仰が今も生きている。感謝。 

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