祈りは聞かれる(11月18日)
ジョージミューラーのことをご存じだろうか。ただ神様だけを当てにして、万を数える孤児たちを育てた。しかも、ミューラーの場合、孤児院の経営はいわゆる福祉の働きではなく、子供たちに神の愛を伝え、神の愛を身をもって実践する伝道の働きであった。彼が祈りをもって蒔いた種がどれほどの豊かな実を結んだかを思うときに、神の御名を崇める。
晩年は、娘夫婦に孤児院を託して世界伝道に出発し、九十歳近くまで何度もアメリカをはじめオーストラリアやアジアにも足を延ばし、日本を訪れたときにも彼の証は人々に大きな感動を与え、若き石井十次が孤児の救済に立ち上がる直接の契機となった。
1859年に英国にリバイバルが起こったが、その発端はひとりのアイルランドの青年がミューラーの本を読んで感動し「私も祈ることにしよう」と祈り始めた。まず主にある祈りの友を求めて祈るうちに、信仰を持ったばかりの青年が与えられて、ふたりは心を合わせて祈った。「さらに祈りの友を与えたまえ」と祈って、二人の青年が加えられた。四人は金曜日の夜に村の小学校の一室を借りて祈り続けた。その年、ひとりの農家の青年が救われて祈祷会のメンバーは五人になり、さらに徐々に人数は増えていった。彼らは、集会ごとに聖書を読み、祈り、みことばについて感想を述べ合った。そのメンバーのひとりが以前住んでいた町へ行って、その祈祷会のことを友人たちに話すと、彼らはその人たちに会ってみたいというので、数人が町を訪ねて教会で集会を開くことになった。集まった者たちの中には彼らを嘲る者もあったが、多くの者はぜひもう一度来てほしいと頼み、二週間後に同じ顔ぶれで町を訪問して二度目の集会を開いた。この時、聖霊が力強く働き、多くの人々が救われた。このリバイバルの火がアイルランドからイングランド、スコットランド、ヨーロッパ全土にも広がっていったのだ。
去るラブソナタの全体祈祷会で、この話をして共に祈った。

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