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2008年10月29日 (水)

生かされて生きる

  26日の短文は教会員の個人のことですので、月報の巻頭言にいたします。

 「人の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても…」という詩編の言葉からすれば、K兄は少し短い一生でした。しかし、主イエスの三十余年の地上の生涯と比較すれば、十分生きたとも言えるでしょう。使徒パウロは獄中で殉教の死を覚悟しながら、「わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走り通し、信仰を守り抜きました」(テモテ二 4・7)と愛する弟子テモテに書き送っています。時代は違いますが、私たちもそうありたいと願わされます。
 ここで「決められた道」とパウロが言っているのはどういう意味でしょうか。他の訳では「はせばを走り終えた」とあります。マラソンで言えば、42、195キロの道のりを途中で放棄せず走り抜いたということでしょう。私たちも時に人生に疲れてしまい「神さま、もういいです。早く天国に召してください」と言いたくなるときがる時があります。旧約を代表する預言者の一人エリヤでさえ、毒婦イゼベルに命を狙われた時、「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさるものではありません」(列王上19・4)と弱音を吐いています。しかし神は、エリヤになお果たすべき務めを残しておられたことが、その後を読むと分かります。わたしの母教会の恩師の一人、伊藤須磨先生は、ご主人の伊藤馨師亡き後、母教会の牧師として九十歳を超えてなお現役でした。先生も、できたら引退してゆっくり休みたかったでしょう。しかし、それが許されない情況にあったと思います。先生は口癖のように「人は生かされている限り、使命がある」と言っておられました。それは御自分に言い聞かせていた言葉でもあったでしょうか。
 そうです。人は勝手に生きているのではなく、神によって生かされているのです。そして、一羽の雀さえも、神の許しがなければ地に落ちることはないのです。その神さまを信頼して、思い悩みを主に委ね、「もう良いから、私の所に来なさい」という主の召しがあるまで、地上のはせばを走り抜きましょう。


                                                             

2008年10月27日 (月)

村上宣道先生(10月19日)

またまた短文の更新を忘れていました。19日は特別集会の講師の村上宣道師のこと、26日は召天されたK兄のことを書きましたが、村上先生はテレビ等でも有名ですから、ここにそのまま出しても許されるでしょう。

  村上宣道先生をお迎えして、特別集会を開くことが出来たことを深く感謝します。先生は昨年の第一回東北ケズィック・コンベンションの講師としてお出でくださり、心に深く触れるメッセージをしてくださいました。私たちの教会からも何人もの参加者があり、ぜひもう一度先生を教会にお迎えしたいとの声が挙がり、お忙しい先生なので果たしてどうだろうかと心配しつつお願いしたら、快くお引き受けくださり、今回の特集が実現したのです。
 ところが、去る九月の宮城聖化大会の講師としてもお出でくださることが決まり、私たちの教会としては二ヶ月続けて先生をお迎えするという特別の恵みに与りました。聖化大会は信徒向けのメッセージ、この度の特集は新しい方へのメッセージです。先生は太平洋放送協会(PBA)の中心的メッセンジャーとして(現在は会長)、ラジオやテレビでも長いこと多くの人々に福音を語って来られました。

 個人的なことを記して恐縮ですが、東京の更生教会の礼拝に先生をお迎えしたのは35年も前で、私は駆け出しの伝道者の頃でしたが、先生はすでにベテランの牧師で、畏敬の念を覚えました。その後、教会の修養会にもお招きして、親しいご指導を頂いたことを懐かしく思い起こします。
 先生は日本ばかりでなくアメリカの神学校でも学んで来られた方ですが真に謙遜な方で、説教前に熱心に祈っておられたお姿に感動したのを忘れません。ホーリネス教団では委員長その他の要職を務められ、PBAや総動員伝道等の超教派の働きでも広く諸教会からの信任が厚く、ホーリネス信仰を堅持しつつ、教派に囚われず、誰とでも進んで交わりの手を差し伸べられる姿勢に教えられております。
 この二ヶ月連続して、私たちの教会でご用して下さるのはうれしいことですが、さらに来年一月には総動員伝道の姫井先生と共に、三度当教会でご用して下さることになっています。これは伝道セミナーですが、今から祈りつつ期待しましょう。  

2008年10月11日 (土)

金ヨン師の講演(10月12日)

  教区婦人研修会で金ヨン師の講演を久しぶりに聞いた。30年近く前、まだ先生がお若い頃に東京で一度お聞きしただけだが、強い印象を受け、以来、何冊か師の本を買って読んだ。若い頃から傑出した器と思っていたが、いよいよ磨きがかかって、会場を笑いの渦に巻き込みながら、大事なことはしっかり語るところなどとても真似ができることではない。

 ユーモアをもって日本人の弱点をズバリと衝く。かつてマザーテレサが、日本人ほど物が豊かで心が貧しい国民はないと警句を残していったが、金師も同様のことを言っておられた。そこで、自分は今の日本で主イエスが言われたとおり、「何を食べようか、何を着ようか」と思い煩わない生活を送ろうと決心して、お金に頼らない生活にチャレンジする。住宅は、友人にスーパーの2階の一室を無料で提供されたので、食事はスーパーの食糧の残りで済ませることにした。着るものも一切買わず、大学に就職が決まったときも、全国の友人達から古着など段ボール箱で送られてきて、毎日着ていくものを替えて学生に呆れられたと笑わせた。
 特に、子供の育て方については、学歴には一切こだわらず、高校(それも公立高校)までしか学資は出さない、後は大学に行きたければ自分で働いて行きなさいと、最後までそれを貫いた。
 御自分が乳ガンと分かったときも、そのまま八ヶ月の放浪の旅に出て、ガンがすっかり大きくなってしまい、医者に叱られ、手術をしても助かるかどうか分からないと言われながら、手術後もそれきり病院にも行かず、抗ガン剤も用いず、山歩きをして元気になってしまった。
 とにかく、信仰と無謀との境目の際どいところを自分の信念を貫いてきたという証しだった。この事実だけ書くと非常識としか見えないが、師なりの理由がある。それを笑わせながら語るから妙に説得力がある。韓国のクリスチャンは「徹底する」という点で、私たちの遠く及ばないところがある。また、最近書かれた本も買い求めて読んでいるが、面白く、警世の句に満ちている。現代の預言者のごとき人である。

2008年10月 5日 (日)

超教派について(10月5日)

  先週は地区の講壇交換があり、また、超教派の牧師会が二つありました。そこで、超教派について書いてみましょう。
 今、私が関係している超教派の運動・組織を記せば、まず「朝祷会」です。これは全国に150程あると聞きます。信徒が中心になって推進し、牧師も参加して奨励するのが普通の形と思われます。
 さらに「仙台キリスト教連合会」の世話人の一人になっていますが、これはカトリックから福音派まで、仙台では一番幅の広い集まりではないでしょうか。夏の平和一致祈祷会と正月の合同礼拝、合同祈祷会が恒例になっています。
 次は「東北ケズィック・コンベンション」です。これはまだここ2,3年のことですが、日本ケズィック・コンベンション自体は50年近い歴史があります。次にクリストファー・サン伝道会から継続する「仙台圏宣教協力会」も始まったばかりですが、「総動員伝道」とタイアップして、来年1月には伝道セミナー、4月には伝道会が予定されています。
 昨年の「ラブ・ソナタ」の集会は、韓国のオンヌリ教会の主導で日本の各都市に始まった一大キャンペーンです。仙台圏でもかなりの教会が協力しました。これが今後どのように継続されるか。
 「福音主義牧師会」も2,3年前から仲間に入れてもらいました。「東北教役者会」にも昨年から出ていますが、恵まれた交わりと研鑽の時です。
 きよめ派の教会が連合で「聖化大会」を開いていますが、今年も恵まれました。
 昔から参加しているのは「アシュラム」です。これも超教派で開かれている祈りの集いで、この教会でもやってみたいと願っています。「こころの友伝道」全国大会が今年は仙台で開かれました。この二つはスタンレー・ジョーンズの紹介によります。
 しかし、私たちの教団自体が昔の諸教派の集まった合同教会ですから、超教派のような性格があります。講壇交換の時などには、特にそれを感じます。

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