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2009年6月 6日 (土)

「日ユ同祖論」(6月7日)

 今年はプロテスタント宣教150年の記念の年に当たるが、最近「日本キリスト教宣教史」(中村敏著)が出版された。この本の第一部はザビエル前史であり、景教(ネストリウス派)と日本との関係まで遡って記している。前史の中に「日本人とユダヤ人の同祖論」というのがあり、日本人の中にユダヤ人の血が流れているという主張が取り上げられている。この主張に関しては、かなり多くの人が同調しており、最近でも20冊以上の本が出版されていることを知った。これに関して我らの先輩、中田重治が「聖書より見たる日本」を出版して物議を醸したのは有名だが、より冷静な学問的主張もあるらしい。しかし、著者は日ユ道祖論に対して「大胆な仮説や推論に基づくところが多く、もっと厳密な歴史的検証が必要だ」と結論づけている。同時に「宣教的動機も含めて、その主張には日本キリスト教史研究の上で無視できないものもあり、今後の一層の研究の進展と建設的対話が望まれる」と結んでいる。

 その日ユ道祖論に立って琉球伝道に来たのがベッテルハイムである。彼はハンガリー生まれのユダヤ人であり、医学を修めたが、イギリス人女性と結婚してイギリス国籍を取得した。そして「英国海軍琉球伝道会」の最初の宣教師として1846年家族と共に那覇に上陸した。当時の琉球王国は薩摩藩の支配下にあり、キリスト教は本土と同じく禁教であった。しかし、彼は激しい迫害に屈することなく、8年余り琉球に滞在して宣教活動を行い、改宗者を生み出した。これが日本における最初のプロテスタント宣教であり、横浜や長崎の開港を待って宣教師たちが来日し、宣教を開始した1859年に先立つ13年前のことであった。そうした彼の日本宣教の情熱を支えたのが、前述の日ユ同祖論であった。彼は、琉球に生活して琉球の人々を実際に知るにつれて、いよいよその思いは強くなったという。なお、プロテスタント宣教150年と言う時、ベッテルハイムの琉球伝道は数えられていない。     

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