佐利さんご召天(7月26日)
佐藤利吉兄(以下佐利さん)が九九歳で召されました。若き日に救世軍で救われ、仙台愛泉教会に所属して長い間キリスト者として良き証しを立てると共に、独学で努力し牧場経営と佐利総本家を起こし全国で認められ、業界では様々な要職を担われました。葬儀においてそれらの一端に触れ驚きました。
キリスト教関係では宮城学院、山形学院の理事長を長く務め、また、国際ギデオン協会、日本聖書協会、仙台YMCAその他多くの奉仕をされましたが、仙台朝祷会の生みの親の一人で長くご自宅や店をその会場に提供し、46年間、毎週休みなく祈り続けてきた祈りの人でもありました。私が佐利さんに初めて会ったのも朝祷会で、40数年前に青葉通りの佐利総本家の2階で開かれている頃でした。斎藤文蔵さんに声を掛けて頂き出席してみると、諸教会から長老方がずらりと並んでいて、佐利さんは若手の方でした。しかし、時々なさる奨励はピカ一でした。 40年ぶりに仙台に戻ってきたら、朝祷会は佐利さんのマンションで開かれていました。佐利さんも高齢になり毎週出席することも困難になっていましたが、出席できた時は大きな声で短く祈られました。その祈りは単刀直入でむだな言葉はなく、特に朝祷会がこれからも祈りを絶やさず、祈り続けていくようにという切々とした祈りでした。奨励者の声が小さいと、「もっと大きな声で!」と注文が飛びました。耳が遠かったこともありますが、救世軍で救われた元気の良い信仰でしたから、ぼそぼそした話しぶりは気に入らなかったと思います。葬儀の時に、山形学院の北垣校長が、授業で「人はどうして生きるのか」という問が生徒から出され、佐利さんに尋ねたら「神が生きよと言われるから生きるのだ」と答えられたとのこと。また、特に子どもを愛して教会学校の校長を長く務め、「子どもと牛はうそをつかない」との一言にも佐利さんらしさが出ていると思いました。佐利さん、本当に長い間ご苦労様でした。仙台の教会は貴兄のことを忘れません。


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