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<title>週報短文</title>
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<title>ロマ書講解を振り返って（１１月８日）</title>
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<description>　　きょうでロマ書の最終回になります。二年前の十月から始めて、今日でちょうど７０...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　きょうでロマ書の最終回になります。二年前の十月から始めて、今日でちょうど７０回目になります。特に７０回を意識したわけではなく、たまたまそうなったに過ぎませんが、きりの良いところで終わるのは悪くないと思います。愛する方々と二年余り共にロマ書を学んできて、さて皆さんはどのような感想をお持ちでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ロマ書を礼拝で最初に取り上げたのは初任地の更生教会でした。まだ駆け出しの牧師の頃で、自分には荷が重いと感じたのですが、自らの成長のために敢えて取り組んでみました。一番苦労したのもその時ですが、確かに自分にとってよい学びになりました。その後も、折々にロマ書は取り上げましたが、再度取り組んだのは西川口教会時代でした。このときは年齢的には五十代後半で、世間の常識から言えばそろそろベテランと言いたい頃ですが、ロマ書の前にはまだまだ子供のような未熟さを感じました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、今回は礼拝で語るのはこれが最後のつもりで、初心に返りもう一度ロマ書と取り組みましたが、最初の意気込みは間もなく消えて、淡々と語り続けて二年が過ぎてしまった感じです。&lt;br /&gt;
　昔と比較してみると、準備の時間は多分半分以下になり、新しい発見が少なくなりました。その分、新鮮味が欠けてしまったのは申し訳なかったと思いますが、良くなった（と自分で思う）点は、全体がより明確に見えてきたことです。ですから、いつも全体から語るように心がけました。そして、幾分経験を積んだせいか、あまり原稿を見なくても語れるようになりました。でも、説教に慣れは禁物です。いつも、聖霊が語って下さることを信じ期待して、祈りをもって講壇に立たねばなりません。その点は変わらないつもりですが、若い頃の緊張感が徐々に薄れてきたことは事実でしょう。み言葉を語ることに恐れと緊張を覚えなくなったら、説教者としては終わりです。&lt;br /&gt;
主よ、いつまで許されますか？　&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>minister</dc:creator>
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<title>死ぬことも益（１１月１日）</title>
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<description>　　今年も召天者合同記念礼拝を迎えました。この一年間に５人の兄姉を天にお送りして...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　今年も召天者合同記念礼拝を迎えました。この一年間に５人の兄姉を天にお送りして、天上はいよいよ賑やかになりました。きょうは「私たちの本国は天に」と題して、フィリピ書３章から語らせて頂きますが、フィリピ１章には次のような言葉があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「わたしにとって生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」（１・２１）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この前半は措いて、後半について考えてみましょう。パウロが死ぬことは利益だと言い切るのは、むろんキリストの復活を信じる故に、死が終わりではなく、私たちにも復活の希望が与えられているからです。それは手の届かないような遠くの話しではなく、この言葉に続いて彼が記しているように、早く「この世を去って、キリストと共にいたいと熱望して」いるのです。それほど、パウロにとってキリストは身近な存在なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、すべてのキリスト者がそうだとも言い難いでしょう。そこで、少し違う角度からこの言葉について考えてみると、まず、私たちは皆、神によって生かされていることは同意できるでしょう。生死の鍵は私たちではなく、神が握っておられるのです。だから、私たちが生かされているのは、神からご覧になって、まだ生きることが必要だから、換言すれば、使命があるから生かされているのです。使命を果たした時「もうよろしい」と、私たちをみもとに引き寄せて下さるのです。だから、時にはしんどく思っても、神がよしと言われない限り、この世を去ることは出来ません。これはなかなか大変なことではないでしょうか。早く天国に行きたいと願っている人は沢山いるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
だから、「死ぬことは利益なのです」とは、そう驚くべき言葉ではないと思います。ただ、早く死にたいという暗い響きではなく、パウロのように、早く主のもとに行きたいという積極的な明るい響きでこの言葉を言いたいのです。如何ですか？　　&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-11-01T16:31:25+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ff1d.html">
<title>記憶に残る１０月（１０月２５日）</title>
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<description>　　創立百周年の１０月は、私たちの教会にとって今後長く覚えられる月となるでしょう...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　創立百周年の１０月は、私たちの教会にとって今後長く覚えられる月となるでしょう。１１日には記念礼拝と記念式典が多くのお客様を迎えて行われ、礼拝では久しぶりに中島豊先生を講壇にお迎えし、また二人の姉妹たちの洗礼式も感謝でした。茶話会に出られた方々は、喜びと感謝の言葉を残してくださいました。私たちこそ、多くの感謝を申し上げるところです。また、その日に先立って記念誌を発行できたことも大きな喜びでした。サッと目を通して下さった方々から、大変読みやすい温かい感じの記念誌だと好評をいただいています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　また、記念礼拝の直前には、戦後の教会を長く支えて下さった松本文助兄が９９歳４ヶ月の生涯を全うして天に凱旋されました。これも教会の百周年と重なり私たちの記憶に残ることでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらに１２日の宮城聖化大会には、本間義信師を講師に迎え、親しくみ言葉を聴く機会に恵まれました。これも決して当然でも偶然でもなく、神さまの深いご配慮を感じています。本間師は何と言っても当教会が日本の教界に送り出した逸材であることは確かです。しかし、すでに記した事情により、母教会の講壇に迎えることが難しい状況にありました。しかしやや大きく言えば、この百周年の記念の時に神さまは私たちに和解のチャンスを与えて下さったと感じています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらに、１８日には三戸伝道所への応援伝道に行きました。昨年の酒田に続いて二度目ではありますが、今年は今年として大きな恵みの時であったと信じます。このような応援を通して、群の教会との交わりが一段と深められることは確かです。&lt;br /&gt;
　そして、きょうは記念のコンサートです。一年以上も前から出演者への依頼を済ませて、長く準備をしてこの日を迎えました。神さまはきょうどのような恵みをこのコンサートに備えて下さるでしょうか。楽しみに待ちましょう。「主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」（詩編１０３・２）アーメン&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-10-25T21:11:44+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bdc7.html">
<title>創立百周年を迎える感慨（１０月１１日）</title>
<link>http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bdc7.html</link>
<description>　　百周年記念礼拝を迎え、中島豊先生からメッセージをいただくことが出来ることを深...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　百周年記念礼拝を迎え、中島豊先生からメッセージをいただくことが出来ることを深く感謝します。きょう中島先生をお迎えできたことに特別の感慨を覚えます。先生が体調を崩され、隠退されて５年半ほどになりますが、その間、礼拝説教のご用はお願いしませんでした。自分はもう説教はしませんよと、先生から宣告されていたからです。しかし、百周年記念礼拝の説教はどうしても先生にと委員会で話し合い、お願いしましたら、快くお引き受け下さいました。当教会百年の歴史の中で一番永く牧会されたのは中島豊先生で、副牧師時代も含めて四十年に及び、次が中島代作先生で三十六年です（両牧師による牧会は合わせて六十四年）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今一つ感慨深いことは、明日の宮城聖化大会の講師として本間義信師をこの教会に迎えることです。本間師と中島豊師は相次いでこの教会から献身して東京聖書学校に学び、牧師となられました。私は数年遅れて献身しましたが、事情で聖書学校に行けず、代作先生の個人的ご指導を得て伝道師の端くれに加えて頂きました。中島豊、本間義信、島隆三を仙台青葉荘教会出身（中島代作牧師の弟子）の三羽がらすと誰かが言ったと聞きましたが、私たちもそんなつもりでおりました。ところが、教団紛争に巻き込まれ、ホ群も喧々ごうごうの大論争となり、ついに本間師等と涙をのんで袂を別つ結果となりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以来、この教会に本間師を招くことは難しい状況でしたが、奇しくも百周年を記念するこの時に、三羽がらすが一同に会して講壇に立つことになったのは正に神の導き以外ではないと確信します。忘れてならない過去はありますが、「後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ…」とのみ言葉の如く、忘れるべき事柄もあります。いつまでも、過去の出来事にこだわることを棄てて、未来に向かって新しい一歩を踏み出す時が来ているのではないでしょうか。百周年をその機会としてくださった神を崇め、私は特別の感慨を覚えてこの日を迎えております。　&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-10-11T21:09:37+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-5163.html">
<title>プリスカとアキラ（９月２７日）</title>
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<description>　　「キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　「キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。」（ロマ１６・３）&lt;br /&gt;
来週の礼拝で読まれる一節である。プリスカとアキラは夫婦で、夫はアキラ、妻がプリスカ（プリスキラ）である。それなのに、妻の名前が先に出てくる。実は、この夫婦の名は新約聖書に５回出てくるが、そのうち３回は妻の方が先に出てくる。&lt;br /&gt;
　最初に登場するのは使徒言行録１８章で、そこには「その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った」とある。パウロはテント造りの技術をもっており、この夫婦もテント造りを仕事にしていたので、パウロは彼らと一緒に住んで、テント造りをしながら伝道した。彼らはすでにイエス・キリストを信じており、しかも献身的な信者であったから、パウロは彼らにどれほど助けられたか知れない。ロマ書１６章には、「命がけでわたしの命を守ってくれた」と記されている。&lt;br /&gt;
　また、使徒言行録１８章の終わりのところには、アポロという伝道者がエフェソに来て大胆にイエス・キリストを宣べ伝えたとき、その話をじっと聴いていたアキラ夫妻はアポロを家に招き「もっと正確に神の道を説明した」とある。そこにも、「プリスキラとアキラは」と、妻の名が先に出ている。アポロに主として語ったのは妻であったと想像される。アポロと言えば、その後コリントでパウロを凌ぐ働きをした伝道者である。その雄弁な伝道者に、「あなたのお話には、少し足りない点がありますよ」と、パウロから聴いた福音の全貌を語り伝えたのである。アポロにとって、それはどんなに大きな助けとなったであろうか。信徒は伝道者（牧師）により育てられるが、伝道者も信徒により育てられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　去る２０日の北地区会（内ヶ崎家）は、７年前に召された内ヶ崎正兄の記念会を兼ねて行われた。内ヶ崎正、たまきご夫妻は現代版アキラ・プリスキラ夫婦である。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-09-27T18:49:08+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-d634.html">
<title>人生の総括をする（９月２０日）</title>
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<description>　　「わたしの旅路の年月は１３０年です。わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　「わたしの旅路の年月は１３０年です。わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わたしの先祖たちの生涯や旅路の年月に及びません。」（創４７・９）&lt;br /&gt;
　これはエジプトのファラオの前に立って、自分の生涯を顧みて語ったヤコブの言葉である。&lt;br /&gt;
　先週は敬老会が開かれ、この一年間で７０歳の仲間入りをした５人が紹介され、代表してＭ姉が挨拶された。これはぜひ「いこい」に載せて頂きたいと願っている。Ｍ姉も、７０歳までの生涯を顧みてその総括と現在の心境、将来への希望を語られた。７０歳で敬老は早過ぎると思っていたが、その挨拶を聞きながら、あまり歳を取りすぎないうちに自分の生涯を総括しておくことは大事ではなかろうかと思わされた。ヤコブの場合も、もう少し早くその生涯を総括したら、また違った言い方があったのではないかと思わせられる。私の恩師であった安倍豊造師は「聖霊行伝」という伝道者としての歩みを七巻にまとめて出版されたが、それは六十代半ばから書き始めて数年間で完結している。実に力強い証しであり、若い伝道者を鼓舞して止まない充実した自叙伝である。私が師の下でお世話になったのは７８歳から召されるまでの十年間で、特に８０歳を過ぎてからは持病もあって痛々しく思われた。長い人生にはそういう期間もあって良いと思うし、若い時は「ライオン将軍」と言われた恩師に神さまはあえてそのような晩年を備えられたのだろう。が、その晩年の十年間には、あの「聖霊行伝」のような生涯の総括をすることはご無理ではなかったろうか。コヘレトの言葉のように「すべてのことに時あり」で、７０歳での総括は若過ぎず年寄り過ぎず、適切に人生を振り返ることのできる時ではないかと自分なりに納得した。もちろん、日野原重明先生のような方もあるから、個人差が大きく一概には言えないが、Ｍ姉の積極的な回顧と展望を聞いて大いに励まされ、自分もかくあらねばならないと思わせられた。以上はもうひとりの新入りの感想である。　&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-09-21T11:45:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-f772.html">
<title>いよいよ百周年（９月１３日）</title>
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<description>　　９月に入って百周年光の子フェスティバルも祝されて終わり、先日は委員会から３０...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　９月に入って百周年光の子フェスティバルも祝されて終わり、先日は委員会から３００通を超える記念礼拝・式典・茶話会の案内が教区諸教会をはじめ関係教会その他に発送されました。早速、次々と返信が帰ってきます。殆ど、一言の祝福の言葉を添えてあります。これらのハガキを見ながら、いよいよ百周年がやってきたことを実感しています。&lt;br /&gt;
　記念誌は７月から２ヶ月半にわたって校正と編集に没頭してきました。何度見直しても、見落としがあるのは素人の悲しさ、とうてい完璧を期することはできません。どこまでミスを少なくして発刊できるかということでしょう。その都度、東北堂印刷には誠実に対応して頂き、感謝しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、百周年のプログラムも秒読み段階になりました。特に大事なのは祈りです。私たちの計画ではなく、この教会に対する神の御計画が実現するようにお祈り願いたいと思います。&lt;br /&gt;
　特に百周年を謳ってはおりませんが、１０月１８日の主日には青森県の三戸伝道所に応援伝道に参ります。近くメンバーを募りますので、積極的に参加して下さい。また、１１月第一主日は恒例の召天者合同記念礼拝・記念会です。&lt;br /&gt;
　前後しましたが、記念礼拝の翌日、１０月１２日は当教会では宮城聖化大会が、お隣のエマオではＣＳ生徒大会が開かれます。聖化大会の講師は当教会出身の本間義信師です。そして、１２月６日には、その本間先生をお迎えして、復興６４周年の特別礼拝・愛餐会を行います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今年のフィナーレはクリスマス諸集会です。百周年のクリスマスとして盛大に祝いたいと思います。そして一年の終わりには、どのような感慨を持って新年を迎えるでしょうか。祈りましょう！　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-09-12T19:23:17+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-bae4.html">
<title>多事多端な一週間（９月６日）</title>
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<description>短文の更新も忘れるほど、いろいろありました。以下の報告は その一部です。 　　　...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;短文の更新も忘れるほど、いろいろありました。以下の報告は&lt;br /&gt;
その一部です。&lt;br /&gt;
　　　&lt;br /&gt;
３１日朝、Ｆ師から電話で、八束潤一委員長が倒れ、救急車で運ばれたという衝撃的な報せが入った。その後も危機的な状況が続き、午後にファックスで訃報が届いた。言葉もなかった。８月１２日に心臓のペースメーカーの手術をして、それは成功し、経過も良いと伺っていたので安心していた。神の思いと私たちの思いとは違う（イザヤ５５章）ということを改めて思わせられた。Ｆ師は午前の便で米子に飛び、葬儀その他の相談に与る。葬儀は一日、二日の日程で行われることが決まった。私たちは一日から三日まで栃木県のオリーブの里で学校の退修会を予定していたので、急きょ延期も考えたが、予定通り行うことに決した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さすがに退修会は寂しかった。昨年はＨ師もお元気で、八束委員長もＹ師も出席された。今回はＦ師も葬儀で欠席、ＹＹ師が８０歳以上でただ一人参加されたが、記念写真を撮る時には本当に寂しかった。しかし、四人の卒業生がよい発表をしてくれたのがうれしかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三日の午後に聖書学校に戻り、夕方には信州から公開講座の講師・ＹＭ師と師を紹介くださったＮ師をお迎えし、交わりの一時を持った。&lt;br /&gt;
四日は恒例の公開講座で、ＹＭ師の講義の主題は「現代社会における癒しの共同体」であった。ＹＭ師は東京神学大学卒業後、ドイツのボン大学、スイスのバーゼル大学で神学の研鑽を積まれた方だが、現在は金城学院大学教授も辞し、八ヶ岳の麓でノルウェイの婦人宣教師の伝道に協力して奉仕しておられる。飾らない素朴なお人柄で、お話も病める現代社会において、教会の果たすべき役割についての実践的なお話であった。八束委員長の急逝の報に意気消沈していた諸兄姉も、師の講演に慰められた。昼食を共にする愛餐会は、学生の食事の賄いをしてくださっている姉妹が前日から一手に引き受けておいしい昼食を準備してくださった。西川口教会から１０人もの兄姉が集ったのが印象的だった。　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-09-05T05:18:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-981e.html">
<title>キャラバン伝道報告（８月２３日）</title>
<link>http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-981e.html</link>
<description>　　お祈りを頂き、東京聖書学校キャラバン伝道から無事戻った。今年のキャラバン隊は...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　お祈りを頂き、東京聖書学校キャラバン伝道から無事戻った。今年のキャラバン隊は男子学生３名と私とで男ばかり４名。目的地の第一は岡山県の内陸にある津山市だ。ここにホ群の津山城西教会がある。そこに今春Ｙ教師が遣わされ、そこから車で４０分程の所にある美作落合教会も兼牧している。&lt;br /&gt;
　私が津山を訪れたのは今回が３度目で、前回は森田聖子師も神学生で一緒だった。前の２回は短時間に慌ただしく過ごしたという印象が強いが、今回は津山に５泊したので、ゆっくりできて津山が少し分かったように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今回のキャラバンで特筆すべきことは、教会のＫ姉に案内されて郊外の農家を訪ね、そこで家庭集会を開いたことだ。そこは猪や鹿の出る山の中だが、Ｓさんというクリスチャン一族が有機農業をしておられる。そこに福音の種まきをしたのは清水良太郎師で、現在の主人の父上が信仰を持ち、家族や親戚にも救われる者が起こされ、現在は４代に及んでいる。み言葉の種まきがどんなに尊いかを改めて思わせられた。父上は自転車で２時間の道を雨の日でも教会に通ったという（農家なので、雨が降らなければ教会出席は難しかった）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらにＫ姉の案内で、二人の老姉妹を別々のホームに訪ねたが、ひとりは最長老のＮ姉で１０６歳、もう一人は９７歳のＭ姉。お二人とも驚くほどしっかりしておられて、ちゃんと信仰の話ができるのだ。お二人とも教会のことをあれこれとＹ師やＫ姉に尋ねておられた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　美作落合教会では子供会をしたが、果たして子どもたちが集まるかどうか分からないのに、教会の方々がそのためにしっかり準備をしておられたのには感心した。落合教会は元気のある教会だ。子どもたちも３人来て、楽しい子供会だった。&lt;br /&gt;
　津山から広島県福山の松永教会に行き、Ｔ先生ご夫妻にお会いし、木の香りに包まれた新会堂を見せて頂くことができて感謝だった。　　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-08-22T18:58:47+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-35e7.html">
<title>キャラバン伝道（８月１６日）</title>
<link>http://aobasou-ch.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-35e7.html</link>
<description>　　東京聖書学校では一般の学校のような夏休みはなく、夏期伝道が行われる。大体３種...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　東京聖書学校では一般の学校のような夏休みはなく、夏期伝道が行われる。大体３種類に分けられ、一つは学生と教師合わせて４～５名で幾つかの教会を廻るキャラバン伝道、二つ目は学生のみ２～３名で要請のあった教会へ応援に行くチーム伝道、３つ目は学生が一つの教会に個人的に派遣される個人伝道である。&lt;br /&gt;
　当教会でも、キャラバン伝道や個人伝道を何度も受け入れてきた。最近は、比較的長期の上級生による個人伝道が多くなっている。私は三十数年前からキャラバン伝道に参加し、多くの教会を廻って伝道のお手伝いをしてきた。また、香港時代は、上級生を二人ずつ招いて、海外伝道の経験も味わってもらった。今、山形で伝道しておられる岡先生にもお出でいただいたことがある。山形と言えば、三十年ほど前に、黒田愛子先生が山形南部教会におられた頃、キャラバン伝道に行った。土曜から蔵王山腹で教会学校の子どもたちとキャンプに行き、一晩テントに寝たが、寒くて殆ど寝られなかった。夏なのに、山腹とはいえこんなに寒いとは驚きだった。キャンプに参加した子どもたちは小学五，六年の女子が多く、礼拝では黒田先生の勧めで次々と祈り、大人のようなしっかりとした祈りをするのに驚いた。帰りに、教会からちょっと出たところで、小さな自動車事故を起こしてしまい、その後始末に教会の兄弟に大変お世話になったのは申し訳なかった。他にも私は参加していなかったが、小さな事故はあった。車で廻るキャラバン伝道では、事故が一番怖い。そのために、皆さんに祈って頂いている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今回は、津山城西教会と美作落合教会を兼牧しているＹ教師が、今春夫人と遣わされたばかりなので、その様子を見て何かのお役に立てればと願っている。その後、広島県福山の松永教会に行き、Ｔ先生が教会員と祈りをもって過日献堂されたばかりの新会堂を見せて頂き、そこで、後半をＦ師に託して一足先に新幹線で帰仙したいと願っている。収穫を携えて帰ることを祈りつつ。　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>週報短文</dc:subject>

<dc:creator>minister</dc:creator>
<dc:date>2009-08-22T18:52:42+09:00</dc:date>
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